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2012年1月17日 / misotukuri

「人生劇場・飛車角」に「OK牧場の決闘」、わかる?

昨夜、今夜と、古い映画を見た。

昔見たときは、こんなわかりやすい映画ないと思っていたのだが、今見ると、よくわからんな。

昨夜見たのは、「人生劇場 飛車角」(63年東映、沢島忠監督、鶴田浩二、佐久間良子、山形龍之介、高倉健他)。

今夜見たのは、「OK牧場の決闘」(57年米、ジョン・スタージェス監督、バート・ランカスター、カーク・ダグラス他)。

二つの映画に共通するのは、ヤクザ映画だということだ。

「OK牧場の決闘」がヤクザ映画?そんな馬鹿な!と言われそうだが、映画の中のワイアットアープ保安官は、いわば、江戸時代の同心のようなものだが、史実としては、その手下の岡っ引みたいな存在だ。

岡っ引というのは、たとえば、銭形平次のように博徒やテキ屋の親分の副業で、りっぱなヤクザ屋さん。

映画の中でも、「君が望めば町の保安官から連邦保安官にしてやる」と連邦判事(?)に言われて、いつの間にかしてもらってるのだが、町の保安官と連邦保安官とでは、格が全然違うようだ。

それで、クラントン一家のヤクザ者達も連邦保安官に表だって楯突くのはマズイと闇討ちを仕掛けることになるのだが、連邦保安官というのは、町奉行補佐の与力か遠山の金さんのようなお奉行様ということになるのかな?

「人生劇場 飛車角」の方は、もう近代警察の時代に入っており、時代が違う。

それでも、警官が笛を吹きながら走って犯行現場に急行するシーンにはブッたまげたよ。

そういえば昔はそうだったかな?とおぼろげながらそういう記憶が・・・・忘れた。

警官は職業軍人同様、今で言う公務員になっており、旧下級武士階級の職業になっていた。

現在は、またまた江戸時代に帰ったみたいに広く国民の各界各層から適性のある人材を選抜しているようだが・・・

ヤクザは、吉良常と刑事との会話からそれとなくうかがえるように、既にもう警察組織から追い出されていたようだ。

まあ、そういう、時代背景や社会の違いはあるにせよ、彼らヤクザ者に見られる任侠心というのは、共通している。

飛車角と吉良常、そして、ワイアット・アープとドク・ホリデーの任侠心、わからなくはないのだが、肝心の彼らの敵となる陣営との対立のそもそもの原因というのが、イマイチよく分からない。

恩のある親分を殺されたとか、弟を殺されたとかいう以前の、対立の理由というのがわからない。

果たして命を賭けるほどのことなのか?とかがね、わからない。

オレも、軟弱になったということなのかな?

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