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2012年1月22日 / misotukuri

「陸軍士官学校の死」を読む1-歴史ミステリの傑作か?-

現在、「陸軍士官学校の死」(ルイス・ベイヤード著)を読書中。

創立してまだあまり経っていない米陸軍士官学校で起きた自殺事件の内々の捜査を校長から依頼された引退中の元警官ガス・ランダーが、当時、在校中の若きエドガー・アラン・ポーと協力して謎を解き明かして行くという話。

死体が握りしめていた千切れた手紙の断片から意味の通る文章を推理して再構築するところとか、ポーが恋心を抱く女性の前で披露する詩とか、その女性の美貌の弟や異常な家族の話は、ミステリ・ファンなら誰もがそうと思うが、堪えられない楽しさに溢れている。

私など、さっそく、河出書房の世界文学全集「ポー 黒猫/モルグ街の殺人/アッシャー家の崩壊/他」を引っ張り出してきた。

この探偵小説を読みながら、同時にそこに出てくるポーの詩を探すためだ。

「ヘレンに寄せる」、「レノア」とかは直ぐに見つけた。

ついでに、この際とばかりに、色々と読んでいる内に、あまりにも有名な「鴉」とか、「アナベル・リー」とか、またしても読んでしまった。

しかし、私自身、一番ショックを受けた詩は、「孤独」かな?

ルース・レンデルの「わが目の悪魔」の題はこの詩の最後のフレーズから取られている。

脱線はこれくらいにして、この小説を読んでいると、話は実のところまったく逆なのだが、ついつい、「ああ、この出来事があの話となって結実したのか!」という錯覚に陥ってしまう。

無意識に、探偵小説を読んでいるのではなく、エドガー・アラン・ポーのウエストポイント時代の忠実な伝記を読んでいるような気にさせられてしまうのだ。

それくらい若きポーの人物像が見事に活写されている。

いつのまにか、もう、第一、第二の首つり心臓抜き取り殺人事件の謎の解明など、どうでもよくなっているのだ。

今ちょうど下巻の中程なので、ストーリーはそろそろ大団円に向けて、大きく盛り上がっていくはずだが、われらが二人の主人公たちが、軍医一家のお茶の会に招かれるのだが、これがとんでもない「キ印ぞろいのティー・パーティ」。

何故、ここの令嬢がたぐいまれなる美貌にもかかわらず、23歳にもなってオールド・ミスなのか(失礼、19世紀初め頃では、この歳で既に女性の適齢期は過ぎていたのだ)、分かるような気がする。

こういう母親がいたら、たとえそれが、まあ、日本で言えば、松田聖子や菊池桃子並の元アイドル級美女だったとしても、引いてしまうだろうね、普通の男なら。

ポー青年は、しかし、普通のそこら凡百の男どもとは違うから、そんなことにはお構いなしに、恋心がいやまし募っていくのであったが・・・

もう、事件の結末なんか、どーでもいい。

それより、この恋の結末は・・・・?

と、読者が思い始めた時に、恐るべきどんでん返しで、ロマンティック・ミステリが、ゴシック・ホラーに豹変するのかも知れない。

さあ、ブログなどでいたずらに時間を費やすのは止めて、結末を急ごう。

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