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2012年2月24日 / misotukuri

「道化師の蝶」読了-エッ、これで芥川賞?

昨日、芥川賞受賞作「道化師の蝶」(円城 塔著)、ようやく読了した。

ただただ、もう一つの芥川賞受賞作「共喰い」(田中慎弥著)と比較してみたいという好奇心から読み通したが、純粋に小説を楽しみたいと思って読み始めたのなら、3行目で投げ出していただろう。

それにしても、何を書いているのか、本当によくわからない小説だね。

悪文に等しい文章に悩まされたが、最後まで読んでようやく何か一つ合理的な説明がつきそうな気がした。

SFや奇想小説では、この手のアイデア・ストーリーはたくさんあるが、それを純文学ですと大見得切られると、何を描きたいのか意図を探りたくなる。

この小説をSF的に考えれば、ようするに時空を超えて人間の精神をアバターとして次々に渡って行く羽に道化師の模様がある雌の蝶の話かな?

まるで、「ヒカルの碁」の憑依霊「藤原佐為」みたいな存在だ。

そういう不思議な蝶の存在に気がついたA・A・エイブラムズという金持ちが、その蝶を捕まえようと何人ものエージェントを世界中に送る。

だが、それぞれのエージェントが送ってくるレポートには、その蝶がかって宿った痕跡ばかり。

この小説の読者は、そういういろいろな痕跡をあらかじめ説明もなく辿らされる。

だから、当然、前後の痕跡であるストーリーに、ほとんど脈略があるわけでなく、かつ、あくまで蝶に宿られた人間の内的世界の話なので、支離滅裂に見えることもある。

その人間の持っている様々なイメージや観念がその時々の感情と共に渦巻くのみで、読者には何故その人間がそういうイメージなどを持つようになったのか、一向にわからない。

だいたい、生きていた時代も違い、使っていた言語も違い、仕事も違い、人種や性別も違う人間の想念を断片的に覗き見してもわかるわけがない。

また、そこに何かの意味を求めても、その人物と何ら共有するものを持たない読者には、何の意味も見いだせない。

雇用主のA・A・エイブラムズ氏は、そのことを十分理解しているのか、「道化師の蝶」を捕まえたいだけで、そういう無数にある痕跡などには興味がない。

ただ、痕跡の収集を通じて、追跡しているだけなのだ。

いや逆だ。追跡の結果が、痕跡の収集となっているだけ。

A・A・エイブラムズ氏に代わって、集められた痕跡を解読する人物がいて、この小説はその人物の独白と解読された痕跡によって、ほとんど成り立っている。

最後に、謎解きのごとく視点の転換(かどうかわからないが、)が行われるのだが・・・

という具合に私は、この小説を理解したのだが、全く見当違いかも知れない。

恐らく、見当違いだろう。

だが、はっきり言えるのは、読むこと自体が無意味な本で、エッ、これで芥川賞?ということだ。

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