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2012年4月7日 / misotukuri

SFとミステリをこれから読み始める人に勧める1冊の本

SFとミステリをとりあえず今年50冊読んでみようとしている人がいる。

どうして急にまたと思うが、最近の芥川賞受賞作品のくだらなさに何か感じるところがあったのかもしれない。

私はSFとミステリについては昔からのファンなのだが、ほとんど翻訳物ばかりで、日本物は全くと言っていいほど読まない。

SFやミステリに限らず、日本の小説というのは、英米作品の翻案、焼き直しが伝統的に多く、剽窃、パクリも横行している。

そういうのに気がつくと、むかむかしてくるので、読むのは時間の無駄と言っても差し支えない。

だから、よほどのものしか、日本人の書いたものは読まないことにしている。

SFとかミステリというのは、普通の小説では満足できなくなった人間が読むものだ。

「普通の小説」というのは、いわゆる男出入り、女出入りを描いた小説だ。

たいていは、結局の所、どう描こうと、それに尽きるわけだろ?

だが、人生、そればっかりじゃない。

むしろ、そういうのはごく一部に過ぎない。

人生にはもっといろんな事がある。

そういう世界に目を開かせてくれるのが、私にとっては、SFやミステリだった。

SFには、「センス・オブ・ワンダー」という聖なる言葉がある。

「センス・オブ・ワンダー」を感じさせないSFは、どんなSF的衣装を身に纏っていても、それは偽物だ。

だが、「センス・オブ・ワンダー」とは何か?について語るのは、なかなか難しい。

SFのコアなファンしか感じ取れない微妙なものだからだ。

ここでひとつ、これにいくらかなりとも面白く感じられたら、SFのコアなファンになれそうな作品を紹介しておこう。

それは、「ザップ・ガン」(フィリップ・K・ディック著)だ。

SFなのに、創元推理文庫で出ている。

巻末に、「ディック、自作を語る 1967~1982」がついているので、古本でもいいから手に入れておくといい。

これについては、このブログでも昔、長々と感想を書いたので、ここでは控えておこう。

次は、ミステリだが、たとえば、ミステリのベスト100を選ぶというのはSF以上に難しい。

SFなら100人のSF作家のベスト1を選べば出来上がるが、ミステリはSFの10倍できかないミステリ作家がおり、傑作も作家の数に応じてあるからだ。

時々、ベスト100とかが選ばれることがあるが、そのだいたいのパターンとしては、 次のいずれかだろう。

① どの作品も読んだことがなく、打ちのめされる

② 古すぎる歴史的作品とここ四、五年の人気作品ばかり

③ 特定の作家に偏りすぎている

④ ジャンルごとに分けている

⑤ 単なる選者の好み

いずれもそれはそれなりに意義のある選び方だ。

ミステリ初心者にお勧めするのは、やはり、②のパターンかな。

しかし、ある程度の知識があれば、④のパターンでもいいんじゃないかな?

私など、まさにこのパターンで自ら本を選択し、読み、次に③のパターンで、自ら深みにはまっていく感じだ。

今は、何かの受賞作というジャンルで本を選択し、良ければ、その作家の他の作品も読むというパターン。

一方、他人に勧める時は、その人のレベルを考慮しつつも、⑤のパターンになってしまう。

ここで映画ファン必読のミステリをひとつオススメしたい。

それは、「フリッカー、あるいは映画の魔」(セオドア・ローザック)だ。

単行本、文庫本とも文藝春秋社から出ている。

これも、このブログで以前に取り上げたことがあるが、10年に一度の傑作だ。

たしか、「10年に一度の傑作」という言葉を始めたのは、瀬戸川猛資だったと思う。

彼のミステリ論「夜明けの睡魔―海外ミステリの新しい波」も読むべき価値がある評論集だ。

では。

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