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2012年6月5日 / misotukuri

”怖い絵”を見に大塚国際美術館へ行ってきた

昨日は大塚国際美術館の入館料が千円の日なので、朝イチで行ってきた。

普段は大人3000円も取るので用事でもない限り、1000円でも絶対に行かないのだが、じゃあ、何で行ったのかと言うと、一つには、中野京子の”怖い絵”シリーズ・ツアーをここで見てみたいというかみさんの希望と、いまひとつは、レストラン・ガーデンのランチを食いたいという私の欲望が理由だ。

レストラン・ガーデンのステーキ・ランチは旨かったが、去年のドイツ風トンカツの方が私はいいな。

しかし、うちのかみさんも中野京子の”怖い絵”シリーズを読んで、ようやく印象派オンリーから脱却してくれたようで、ホントに喜ばしい限りだよ。

日本人は印象派の絵が好きで、私もその例外ではないが、いつもいつもでは飽きてくる。

やはり、印象派の絵も絵画の歴史の中で客観的に位置づける必要があると思う。

いい絵というのは印象派以外にも一杯あって、時には絵の具や技法の限界を超えて見る者の心に響いてくるものがある。

”怖い絵”の中にも。

”怖い絵”というのは、勧善懲悪を教える宗教的な絵や、歴史上の残虐な事件を描いた絵や、人間に潜む悪意をえぐり出したような絵に多く、西洋の宗教や歴史や風俗などへの理解が欠かせない。

逆に、”怖い絵”から西洋の宗教、歴史、風俗が具体的に理解出来るようになるということもあるだろう。

何はともあれ、中野京子の”怖い絵”シリーズにありがとうだ。

一緒に、”怖い絵”を探して回ってきたよ。

だが、”怖い絵”というが、怖いのは絵そのものではなく人間だろうと思うな。

恐怖を与えようとしている人間の悪意の方がよっぽど怖い。

たまたま昨夜、寝る前に「尊氏膏(たかうじこう)」(朝松健著)を読んだが、これはれっきとした恐怖小説(ホラー)だ。

傑作だと思うが、こんなのばかり読んだり見たりしていたら、精神がどっかおかしくなりそうだ。

半日、”怖い絵”を見て、寝る前に、”怖い小説”を読んだら、案の定、変な夢見て、今日は一日中、ぼんやりしていたよ。

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