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2012年6月15日 / misotukuri

映画「卵」はハードボイルドか?

よく考えると、このところあまり映画を見ていない。

今日見たのは、「卵」(07年、トルコ・ギリシャ、セミフ・カープランオール監督、ネジャット・イシュレル、サーディット・イシル・アクソイ他)だが、今年はこれでようやく31本目。

こんな調子では、目標の年間120本はとうてい難しい。

ともあれ、この「卵」も一応、WOWOWで前に録画してあったもの。

見始めると、かみさんがやってきて、「どんな映画?一緒に見る」とか言い出したので、一緒に見た。

こういう淡々とした描き方の映画は久しぶりで、私には好ましく思えたが、かみさんはベッドに寝転がって見ていたせいか、途中で眠ってしまったようだ。

そして、突然、「わたしこの映画わからんのですけど」。

どうやら目が覚めたようだった。

「どこまで見たん?」と私。

「全然(シーンが)変わってないわ」とかみさん。

「電気屋が来て、停電したのを直してくれたんよ。それが妹のボーイ・フレンドだったけど、そのことを兄さんは知らんのや」と私。

「ああ、バイクに乗ってた子」とうなづくかみさん。

なら、そこらへんまでは見てるんやな、あ、でも、そいつとは違うかもわからんなあ・・・と思いながら、じっと画面を見ていく私。

かみさんは、それから、結局、大きい犬が主人公に飛びかかってきたところで、「私、これわからんから、もうええわ」と言って、台所へ行ってしまった。

映画は、それから、数分で終わってしまったのに。

かみさんの奴、ホンマ、わからんのかなあ?

だが、徳島を出て生活したことのないかみさんにはわからなくても、田舎を捨てて都会へ出てきて生活している人間には、多分、よくわかる映画だろう。

母親が死んで葬式に自分がかって捨てたはずの故郷に帰ると、そこにはすっかり変わってしまったものや、相変わらず昔のまま変わらないでいるものが見受けられる。

ホッとするようないいものや、そういうことを否定して田舎を出たいやなもの。

主人公は一両日でイスタンブールに戻るつもりだったが、母の遺言を果たすためもう一日留まることにした。

故郷に留まれば留まるほど、ぽっかり空いた空席に、なぜか後ろめたさを覚える。

そして、後始末を済ませた彼は、イスタンブールへと車を走らせるが、途中で、どうしても進めなくなる。

彼は再び実家に引き返し、空席に座り、妹の茹でた卵を食べる。

ところで、あの卵はハードボイルドだろうか?

そうかもしれんな。

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