Skip to content
2012年6月19日 / misotukuri

映画「スーパー8」は爆笑死ものの愚作と言ったら?

ちょっと前に、映画「スーパー8」(11年米、J・J・エイブラムス監督、ジョエル・コートニー、エル・ファニング他)を見ているのだが、あるところでそれをロクに論評もせず愚作と決めつけたことがあった。

すると、早速、Iさんから、そんなことはない、あれは良くできていたという意見が寄せられた。

それを読んで、へー、そうかな?と思いつつ、

>この映画の製作のいきさつ、その他の疑問点についてはここでちょっと解説され ています。

と紹介してくれた

>町山智浩の映画塾!|WOWOWオンライン <http://www.wowow.co.jp/movie/eigajuku/

を見て、逆に、ますます、愚作だという思いを強めたから、始末に悪い。

ダコタの妹のエルも姉に劣らずスゴイ天才美少女だし、世界的に大ヒットしたと言うし、好きなJ・J・エイブラムス監督の作品でもあるから困ってしまうのだが、やっぱり、これは愚作だね。

町山智浩氏の解説をそっくりそのままお返しして、だから、ダメなんだと言える。

「オタクのあんたも、J・J・エイブラムスに聞くまでわからなかったんだろう?」ってね。

だいたい、これは大人も見られるジュブナイルSF映画だと思うが、なによりも、お話の意味がわからない。

こういう場合の解決法は、劇中に、たとえば、「フリンジ」でのウォルター・ビショップ博士のように、謎を解明し、わかりやすく説明してくれる魅力的な脇役の存在が必要だ。

主人公に、取るべき行動の方法と意義を教え、正しい道へと導く、年長の科学者。

その意味で「フリンジ」の「私が導いてあげよう」というセリフはよくできている。

「イドの怪物」は、あまりにも有名なSF映画の古典「禁断の惑星」に出てくる怪物だが、ジュブナイルと思って見ている観客には説明してあげないとわからないよ。

無数の小さなキューブで構成されている集合意識を持つ地球外生命体(E.T.)も、一個でも半ば独立した意識を持つ生命体のようで面白いが、多分、こういうのを励起状態にさせるには途方もないエネルギーが必要で、町で起きた怪事件も主人公の少年が列車転覆事故の現場から持ち帰った一個のキューブがエネルギー集めをしたせいだとか、訳知り顔でいいから推理してくれよと言いたい。

このキューブ型生命体は、マイクル・クライトンの「プレイ-獲物」に出てくるナノ分子生命体の進化した形態みたいにも思えるので、そういうオマージュ的言及もあればなお感涙ものだ。

だが、こういう説明は一切ない。

母親を事故で亡くした少年が、町をメチャメチャに破壊し、人間を地下にさらっていって食べるという(「タイム・マシン」のモーロックだな、これは)恐ろしい怪物と向き合った途端、君も悪い大人たちにヒドイことされて、可哀想だね、つらかっただろ、その気持ちよくわかるよ、でももういいじゃない、終わりにしようよ、とかなんとか言って、仲良くなったら、怪物はもうそれ以上悪いことをしなくて、故郷の星に帰って行く・・・とは、オドロキモモノキ爆笑死ものだ。

これは、最低でも、ウォルター・ビショップ博士のお導きが無ければ、永遠に何のことかわからないだろう。

幾ら全世界で大ヒットしようが、愚作は愚作だ。爆笑死ものの愚作。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。