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2012年8月22日 / misotukuri

映画「あしたのパスタはアルデンテ」は「一番美しく」て「なんだかおかしな物語」

録画した映画を「なんだかおかしな物語」、「あしたのパスタはアルデンテ」、「一番美しく」と続けて見た。

まるで関連性のない選び方だが、強いて共通点を探すと、いずれもこれから社会に出ようかとする若者が理想とする自分になろうと努力する話かな?

「なんだかおかしな物語」(10年米、ライアン・フレック監督、キーア・ギルクリスト、エマ・ロバーツ、ザック・ガリフィアナキス他)は、ネッド・ヴィジーニの原作(It’s Kind of a Funny Story)で、自らの精神病院への入院体験を元にした話だ。

主人公の少年は、自分の夢である将来の社会的成功を約束してくれる何とかセミナー(進学予備校?)への願書を書こうとしてうつになってしまう。

もし、入学できなかったら・・・?と考えたら、固まってしまうのだ。

本邦劇場未公開だが、多分、扱っている題材が題材だけに公開の予定にしていても、へんな事件が起きるといっぺんにお蔵入りになりそうな映画だ。

Wikipediaには、「うつ病の治療を受けている16歳の高校生が精神科に入院し、そこで出会った様々な患者との交流を通じて人生の意味を見出すまでをコミカルに描く」と出ている。

そりゃまあそうだけど、少し違う気がする。

等身大の自分に気づき、勇気を持って一歩踏み出して行こうとした時、うつは治癒するということではないのか。

これは舞台が精神病院というだけで、一種の学園青春ドラマなのだが、やはり、同じうつでも若い人のはまだ救いがありそうだね。

私の知人で、離婚して40歳を過ぎてうつになり、自ら精神病院に出向いて入院し、精神障害者(級は忘れたが、3級じゃないか?)の認定をして貰った男がいた。

こういうのは、なかなか出来ることではないので、調子が比較的いいとき彼に「勇気があるね」と言ったら、精神障害者の認定を受けると有利になる点を30分ぐらい延々とまくし立てられたのには参った。

躁状態だったのだ。

彼は、この映画でザック・ガリフィアナキスが演じている患者ボビーと感じが似ていて面白かった。

次は、「あしたのパスタはアルデンテ(Mine vaganti)」(10年、伊、フェルザン・オズペテク監督、リッカド・スカルマチョ、ニコール・グリマウド他)。

題名からしていかにも若い男女の青春コメディかな?ぐらいに思って見始めたのだが、何と、ゲイ映画だった。

しかし、これが思いの他の大傑作。

ゲイ映画とわかって直ぐに消さずに最後まで見て良かったよ。

かみさんにも勧めたら、途中まで見て、やめてしまった。

「おもしろくないの?」と聞くと、なんだか私と違って、ゲイを深刻に受け止めているようで、少し心配になってきた。

あの、これ、ドラマなんですけど・・・

今までに見たゲイ映画は、「蜘蛛女のキス」とか、「ブロークバック・マウンテン」とか、「ベニスに死す」とか、数本しかなく、いずれも傑作揃いだが、こういうハート・ウォーミングなゲイ・コメディ映画というのは初めてだ。

あまり、先入観を持って見ない方がいいと思うので、ストーリー紹介はやめておくが、最後の方で、主人公の家にゲイの友達が4人海水浴に行くついでに寄ったとか言ってやって来てからのドタバタは抱腹絶倒もの。

これも親の期待というか社会的要請というか、外部由来の期待される人間像になれない悩みを抱えて苦悩する青年が自分に忠実になろうと決心して一歩踏み出す話だ。

この映画イタリア映画祭2011での邦題は「アルデンテな男たち」だが、Yahoo!翻訳で原題の「Mine vaganti」を翻訳してみたら、「移動性地雷」と出た。

これも、よくわからん題名だね。

最後に、「一番美しく」(44年、日、黒澤明監督、矢口陽子、志村喬他)。

この映画は、戦争プロパガンダ映画で、中国や北朝鮮で「何とかに学べ」とかいう運動同様、嘘っぽい話だけど、「カサブランカ」とは全く違った意味で、感動的だな。

黒澤明は精一杯撮っているし、女優さん達も精一杯演技している。

今の時代、この映画の制作目的とは関係なく、どうしても違った目で見てしまう。

人間のあり方として、複雑な思いで最後まで見てしまった。

大日本帝国という大きな機械を構成する無数の小さな歯車のひとつとして、しっかり自分の役目を果たして奉公して行こうと照準器を作る軍需工場で健気に努力する女子挺身隊の物語。

現代では失われたかに見える滅私奉公撃ちてし止まんの精神だが、それが当時の時代的要請。

どんな時代でも、その時代の要請に応えようと努力する模範的な少女たちがいるわけで、この時代では彼女たちがそうだったのだ。

では、現代日本の模範的少女って、どんなんだろう?

滅私奉公の対極と言えば、多分、アイドルになることじゃないかな?

次善の策として、あたしでもなれそうなAKB48になること。

嘘や冗談ではない。

わが娘をアイドルにしようとしている親もいるだろう?

それが今の日本の現実だ。

だが、もちろん、みんなが夢を実現できるわけではない。

本当のところ、どこに由来するかわからない、こうなりたい自分の姿を追い求めて、戦前の愛国少女たち同様、汚い大人の食いものにされるのがオチなのだ。

だが、青春とは無いものを求め、不可能なことに挑戦するもので、戦い敗れて傷ついて、最後にようやく等身大の自分に目覚め、幸せは身の回りの直ぐそばにあったのだと気がつくもの。

だが、そういう「通過儀礼」的な努力をひたむきにしている時こそが人生で「一番美しく」輝いて見える時なのかも知れない。

後の黒澤夫人となった主演の矢口陽子演じる、一見、強くて模範的な少女である彼女も、実は、まだ幼くか弱いごく普通の少女でもあるのだということを、さりげなく描いている黒澤明の演出の冴えはさすがだ。

戦争プロパガンダ映画なのにね。

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