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2012年8月23日 / misotukuri

「ブルー・ヘヴン」のへなへな感度

「ブルー・ヘヴン」(J・C・ボックス著)読了した。

09年のMWA長編賞受賞作品だが、良くも悪くもこれがMWA賞の水準かなと思う。

いかにもアメリカ人が好きそうなストーリーのクライム・アクション小説だ。

しかし、日本ではあんまり受けないのではないか?

北アイダホの幼い姉弟が森の中の小川に釣りに出かけて偶然殺人事件を目撃してしまったことから、二人は犯人達に追われる事になるのだが・・・というストーリーの出だしは緊迫感があってなかなかスゴイのだが、中間はダレダレにダレる。

ラストの数章だけ、アクションらしいアクションがあるが、長く待たされた割に勝負はあっけない。

善玉は何発撃たれても死なないのに悪玉は一発で死んでしまう。

このあたり、いかにもご都合主義的でちょっと弱いね。

古き良き時代を体現した老牧場主とその息子達の世代の埋めがたい断絶と確執。

全米各地の引退警官の安住の地のように変わっていく北アイダホ。

ちなみに、北アイダホのことを「ブルー・ヘヴン」と呼ぶらしい。

ブルーと頭に着くと、「ブルー・バイユー」(ディック・ロクティ著)でもそうだったが、なんだか憂鬱な楽園のイメージがするが、まあ、外部の人間にはそんなものなのだろう。

その憂鬱な楽園で、地獄のような戦いが繰り広げられる。

この小説に出てくる資金洗浄の手口は日本でも十分あり得る話だと思う。

幾ら小さなところがしっかりしていても、大きなところで抜けているのはいずこも同じみたいだ。

この小説、悪玉を倒して、一見、ハッピー・エンドで終わるんだけど、それもよくわからないね。

確かに悪玉は退治して生命の危機は免れたが、主人公達の困窮した経済状態には何の変化もないし、理想が達成されたわけでもない。

いったい何なのだ?

読後に残るこのへなへな感は。

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