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2012年9月6日 / misotukuri

ベーシック・インカムがもたらす未来社会

普段からシニカルなJinchanが突然、社会を良くしたい病に罹った訳ではないのだが、最近、BI(ベーシック・インカム)の勉強をしている。

と言っても、せいぜい本を読むくらいなのだが。

日本の世の中、特にこの四半世紀、色々なところで、既存の制度やモデルが破綻しかかっていて、改革をしなければならないという強迫観念にも似た思いに突き動かされて来たんじゃないか?

一億総中流社会モデル、年金、税制、行政府、軍事・外交、司法、立法府、歴史教育、憲法、戦後体制、天皇制・・・etcの問題。

本当に、世の中、何か一つでもうまく行っている制度やモデルがあるだろうか?

批判するのはたやすいが、こうすればうまくいくというモデルを提唱するのは難しい。

そういう中で、ベーシック・インカムの思想は、なかなか魅力的で、これからの人類が目指すべき社会の方向は最終的にはこれかなと思う。

22世紀頃には先進諸国はそうなっているかもしれない。

それほど魅力的な思想だ。

しかし、どうしても解けない、晴れない疑問があって、困っている。

たとえば、ベーシック・インカムが実現した社会では、誰もが嫌がる仕事は誰がするんだろう?

ゴミ清掃等の汚物処理、死体焼却、核燃料施設での作業・・・まあ、何でもいいが、いくらお金をくれてもしたくない仕事は、誰がどのようなモチベーションでするのだろうか?

介護ヘルパーだって、働かなくても食っていけるだけのお金をくれるんなら、相手が親や我が子でない限り、下の世話までしないと思うが。

ロボットにやらせるのかもね。

とすれば、高度なロボットが社会の隅々にまで普及しないと、無理だね。

それまでは、BIが充実した社会で、そういう誰もが嫌がる仕事をさせるには、税でするしかない。

直感的には、租庸調の庸しかないなと思う。

つまり、一年の内、何十日か等しく労役を課する。

まるで律令制国家だね。

ほとんどの国民は、奴隷になる。

アリストクラシーが嫌なら、奴隷の奴隷による奴隷のための奴隷律令制国家。

だが、そういう共産主義社会に至る前段階としての社会主義国家社会みたいなものは、実現不可能だろう。

人類が、ベーシック・インカム社会にたどり着くためには、やはり、一家に一台のロボットの時代、一人一台のパーソナル・ロボットの時代を経てからだろうな。

子守ロボットが子供の成長とともに家庭教師ロボットとなり、やがてビジネスや人生相談の相手までする親友ロボットとなって、そのうち恋人や配偶者よりもあなたのことをよく知っている伴侶ロボットとなる。

誰もが普通にそういう経験を持つ過程を経なければ、ベーシック・インカム社会は実現しないだろう。

それまでは、当分ロボットを持てるかどうかで社会的ステイタスが違ってくる時代が続くだろう。

今、すでにそういう時代に突入しているわけだが・・・

だが、生産活動の現場から人間が完全に駆逐されてしまえば、そういう人間たちにも一定のお金を与えてやらなければ、ロボットを所有している人間たちは金儲けができなくなる。

しかし、働かない人間にも一定のお金を配るようになると、その金の原資はそもそもロボットを所有している人間たちからの税金だから、もはや金儲けのために生産するという意味がなくなる。

ただし生産物のニーズはあるので、依然として誰かが生産しなければならないことに変わりはない。

ロボットを所有している金持ち(すなわち、資本家)は、貧乏人から金をふんだくるだけふんだくって、経済の支配者になった瞬間、気がつけば、まだ誰のために働いているのか?浮遊民の奴隷になっているだけでないか、という皮肉。

勝ちすぎてそういった事態に陥る前に、生産活動に対してもっと別の価値観を持つように自分を変えていかなければならない。

金のために労働するのではなく、楽しみのために労働するというふうに。

資本主義社会の果てにはベーシック・インカムの時代が必然的に訪れ、資本主義社会はついに終焉を迎える。

そのときには、お金の必要性もなくなる。

それは経済の終演だ。

当然、経済学もなくなる。

そういう社会にあなたは耐えられるか?

耐えられるよ、十分。

年金生活者なんてのはある程度似たようなもんだからね。

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