Skip to content
2012年9月27日 / misotukuri

映画「パーフェクト・センス」の不完全度

先日、映画「パーフェクト・センス」(11年、英、デヴィッド・マッケンジー監督、ユアン・マクレガー、エヴァ・グリーン他)を見た。

ネタバレなので、この映画を見たい人は、以下読むのは次の3行までに願いたい。

ある日突然、全世界的な規模で嗅覚を失うという非伝染性の奇病が爆発的に発生する。

最初は怒りや深い悲しみとともに、突然、嗅覚が失われるのだが、他に異常はない。

だが、数ヶ月して、同様に味覚が失われると、人々はパニックに襲われた。

(ネタバレ最終警告)

その内、人々は、嗅覚や味覚を失った世界に次第に適応し、新しい文化まで創造し始める。

ところが、今度は全く同じ経過を辿って、聴覚が失われる。

そして、人類がようやく嗅覚、味覚、そして聴覚を失った世界に慣れ始めた矢先、突然、・・・・

まあ、次々に五感を一つずつ失っていくのだが、数えてみると、失ったのは4つまで。

最後に残ったのは、つまり、一番大事な感覚ということだが、それは触覚だった。

何と、人類は互いに触れ合うことによって希望を失わず生きて行けるという教訓話だったのか!

ちょうど、スーパードラマTVで「生存者たち」が始まったところだが、これも「破滅テーマ」。

共に、この破滅の原因は、遺伝子組み換え食物にあるのでは?という疑いを向けている。

遺伝子組み換えというよりも、F1種(ミトコンドリア異常)作物技術と遺伝子組み換え技術の合体が全世界を制覇してしまうことの危険性が問題だと思うが、まだ英国ではそこまで問題意識が進んでいないようだ。

SFで言うところの「破滅テーマ」というのは、人類社会が何かのイベントをきっかけに崩壊して行く過程を描きつつ、あるいは崩壊後の野生の暴力が支配する無秩序状態の中で、人間が生きて行く上で、なくてはならない基本的なことについて様々な思考実験をするというものだ。

たとえば、それは愛であるとか家族の絆とか、未来への希望などだが、そういうものの欠落した政治的復興や新秩序プランというものは全て警戒の対象となる。

そして、混乱から新秩序形成への移行期のイメージは、おおむね、西部劇(フロンティア)の舞台に似ている。

一口に言えば、旧体制に絶望したリバタリアンと基本的なところに立ち返って出直そうとするコミュニタリアンの対立が背景に見受けられる。

「生存者たち」は、今後、多分そのようにお話が進行していくだろう。

だが、この映画「パーフェクト・センス」は、むしろ、「破滅テーマ」を借りたアイデア・ストーリー。

遺伝子操作というパンドラの箱を開けてしまった人類が、破滅した世界で生きていくために何よりも必要なもの(触れ合えるという希望)を見出すところでお話が終わっている。

パーフェクト・センスと言うからには、触覚だって失われるのでは?と思って、エンディングを辛抱強く見たが、そのまま終わっていた。

甘っちょろい話で、これでは不完全だろう。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。