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2013年2月12日 / misotukuri

天武天皇中宮摩耶姫命の奥津城

忌部神社の上の山の頂に天武天皇中宮摩耶姫命の奥津城なるものがある。

こんなものがこんなところにあるなんて今まで知らなかったのだが、イエス・キリストの墓並の架空史跡を見つけたくらい興奮した。

まあこの写真を見ておくれ。

http://jinglebook.blogspot.jp/2013/02/blog-post_11.html

1枚目の梅は忌部神社の紅梅だが、問題は2~4枚目の写真だ。

写真をクリックすると拡大されるので、4枚目の写真をよくご覧あれ。

「奥津城由来記」とあり、以下の通り書かれている。

「この奥津城(おくつき)にまつられてある方は天武天皇の中宮であった「摩耶姫」であります。

姫は当時「壬申乱」という内乱に際して相手方の軍に捕らえられて「いわねひこ」という者に連れられて都から阿波国の琴弾山に来られました。

そのとき姫は懐妊中でありましたので気が転倒してついに悶死されたのであります。

よってこの地に奥津城を築いて丁重に葬ってあったのであります。

時代の変遷に伴ってこの奥津城を顧みるものもなく見るかげもなく荒れてしまっておりましたので、ここに修復を行い、その祭祀をつづけることにしております 宗教法人 自然社徳島教堂」

まあ、句読点まである現代碑文なので、塚はともかくこれ自体は、それほど古くはない昭和後期から平成のものだろう。

宗教法人自然社とは、ホームページがあるのでURLをコピペしておく。

http://www.sizensya.or.jp/index.php

天武天皇の中宮って、たしか鵜野讃良皇女(うののささらひめ)こと持統天皇だが、摩耶姫命(まやひめみこ)とは誰なのか?

http://www.geocities.jp/operaseria_020318/aoitei/kyutyu/kokyu/kogo.html

http://www.weblio.jp/content/%E6%8C%81%E7%B5%B1%E5%A4%A9%E7%9A%87

摩耶姫というのは、お釈迦様のお母様が摩耶姫って言ってたよな。

イエスキリストの母親は聖母マリヤだが、この名前、発音がなまってるけど、摩耶(マーヤ)と一緒だね。

これはもちろん偶然ではない。

古代メソポタミヤ文明と古代インド文明とはラピスラズリのつながりがある。

それにもともと天武天皇というのは、生年月日がわからない天皇で、謎の人物。

異父兄の天智天皇より年長であったという有力説があり、これは聖徳太子が実は誰であったかにも関わる問題なのだが、このあたりは改竄され葬り去られた真実のとんでも古代史として逃げておくのが無難なところだ。

聖徳太子は厩戸皇子(うまやどのみこ)で、イエスキリストの生誕逸話とそっくりなのだが、とすれば天武天皇はイエスキリストのパパなのか?

おっと、マリア違いでマグダラのマリアなら、聖徳太子は天武天皇だったのか?

いやー、このままじゃ、今夜は眠れそうにないぞ。

ありやりや、こんなブログまで。

http://goutara.blogspot.jp/2010/11/blog-post_16.html

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