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2013年2月13日 / misotukuri

体罰より居場所の問題では?

大阪市立桜宮高校バスケット部のキャプテンが顧問の体罰を苦に自殺してから始まって、オリンピック全日本女子柔道選手たちが監督のパワハラ告発をした事件に至るまで、日本のアマチュア・スポーツ界には体罰が蔓延しているようだ。

だが、原因が何だろうと自殺というのは、極めて個人的なことに見えてその実、社会的他殺だと私は考えている。

自殺する人というのは、その人が生きている社会に居場所が無くなったと感じたときに最終的に取る一つの選択肢だと思う。

「いじめや体罰が嫌ならやめりゃいいのに」と思うかもしれないが、「やめたいが、やめたらどこにも行き場がなくなるので、やめられない」から自殺するのだ。

こういう心理は、何もアマチュア・スポーツの世界に限ったことではなく、日本の社会のそれこそ家庭や学校や職場やグループなど、特定の人が群れ集うところならどこにでもあると思う。

問題は、何故子供たちから大の大人までがそういう心理に易々と支配されてしまうのかというところにある。

そういう心理に支配されている限り、体罰がなくても、自殺する子は自殺するだろう。

だからと言って、自殺と体罰は関係ないのだということではもちろんない。

愛のムチだと言って行うやり過ぎた体罰は、それがなければ登校拒否で済んだかもしれないのに、一気に自殺に追い込んでいく死へのムチだ。

その意味で犯罪だと言える。
体罰をやった者は迷うことなく司直の手に渡し、暴行罪から自殺強要の殺人(未遂)罪で裁いてもらったらいい。

桜宮高校の体罰を行ったバスケットボール部の顧問は、体罰ではなく暴力行為だったとして、懲戒免職処分になるそうだ。

それと刑事責任とはまた別の話で、刑事事件に出来るか不明だが、一罰百戒ということでやったらいいのではないか。

だが、追い込まれてはいるがまだ自殺していない子供たちには、そんなものは何の解決にもならない。

体罰でなくとも、ちょっときつくしかられただけで、居場所が無くなったと絶望する子供たちの中には自殺してしまう子も出てくるだろう。

日本の公立高校に体育科なるものがあるとはついぞ知らなかったが、そんな所に入ってくる子供たちというのは、きっと小さい頃からスポーツ選手として純粋培養されてきている子ばっかりなんだろうねえ。

いつ頃からそんな制度になったのか? タイガー・ウッズの頃からか? もっと前かもしれないね。

いったい体育科って、そもそも何するところですか?

要するに、プロ選手やメダリストを養成するところでないのか?

はっきりそう認識して、プロ選手やメダリストになる可能性があるのか、そのために体罰は意味があるのか、先生も子供たちもその父兄たちもよく考えてみたらどうか?

しかし、まあ、徳島のような田舎でのほほんと漠然とした夢を抱いているだけの子供たちとは違うね。

田舎の子はよほど優秀か才能がある子でなければ選別されないのに、都会の子は小さいときから進路に応じて選別を繰り返されている。

大人になってからの伸びしろがどうのこうのとか、どちらが幸せかとか、そんなくだらないことは誰一人考えない。

伸びしろがなくなった時には、そういう奴らばっかりでムラを作って目障りな奴を排除すればいいのだ。

勉強で言えば、その象徴が頂点に君臨する東大だろうな。

晩成型で創造性や真に才能のある者は、日本では居場所が無いから外国へ出て行く。

そうでない者は、別の居場所を探して落ち着くか、通り魔になるか、引き籠もったり、自殺したりする。

何故、今の日本人はこのように格別自分の居場所を常に意識するようになったのだろう。

これは、あまりにも病的というか、ホントに興味深い精神病理だな。

<追伸2013.2.16>

今日、文藝春秋3月特別号の「桜宮校体罰 書かれざる複雑な事情」(ノンフィクションライター森 功)を読んだ。

でも、これはまあ、死人に口なしの一方的な話だね。

「そもそもお前は、なんでキャプテンをやっているんや?」と顧問が尋ねたところ、自殺した少年は「大学進学のためです」と答えたそうな。

私は、これで顧問がキレたんではないかと思うね。

そのとき暴力があったかどうかはわからないが、「そんな根性なら試合に勝たないと推薦なんぞ絶対してやらんからな」ぐらい言ったのではないか?

推薦してもらえるものと思っていた少年はそれを聞いて、絶望した。

しかし、バスケットボール部のキャプテンをしておれば推薦入学に有利だからというのは少年の当然の本音ではないか。

そのくらいの計算、誰でもしているよ。

それをいかにもそういう計算が不純だと言わんばかりの態度こそ、アマチュアリズムの自己欺瞞で、いまさら驚いた風なことぬかすなよと言いたい。

そんなもの、体育会系の部活だけでなく、全ての部活をやっている生徒に共通するものだ。

部活のリーダーやってりゃ、就職でも進学でも有利とする社会の風潮が間違ってるんだよ。

しかし、そんなことまだ高校生にわかるわけない。

そりゃ、そういう気持ちをむき出しにして、「自分がキャプテンをやります」と言われれば、一緒に青春しているつもりだったチームメイトも確かに白けるだろう。

「誰がお前の推薦入学の為にプレーしてやるもんか」ってね。

だが、それは一時の感情に過ぎない。

冷静になれば、自分も含めて、誰もがみんな多かれ少なかれ、それぞれの思惑でプレーしているのだ。

そのぐらい理解できる。お互い様だ。

だから、私はこの顧問の供述は、あまりにも一方的で、信用ならないと思うね。

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