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2013年2月28日 / misotukuri

吉野裕子の「蛇ー日本の蛇信仰」を読む

「蛇ー日本の蛇信仰」(吉野裕子著)を読んでいる。

この本を最初手に取ったとき、確かにビビッとくるものがあった。

図書館で何度か手にとっては、借りずにそのまま書架に戻していたのだが、今回思い切って借りてきた。

しかし、いざ読み始めたら、ホント面白くて止まらないね。

この本が書かれたのが昭和53年(1978年)で、今から35年前。

35年間、なんか無為に過ごしたような気がする。

もっと早く読んでれば良かった。

この本が民俗学のところにあるのは知っていたが、「蛇」及びその象徴について真正面から考えたくなかった。

目にするだけで怖いし気持ちが悪いし、かって一度だけ蛇を殺したことがあり、それが罪悪感となって残っているからでもある。

だから、いろいろと象徴としての「蛇」についての断片的な知識はあっても、それだけだった。

思考停止でそれ以上先へ進まなかった。

だが、ようやく、時が来たのかもしれない。

謎を解こうという気になったのは。

「蛇信仰」は日本だけでなく広く全世界の精神世界の最深部に存在しているというのは厳然とした事実だ。

それが脳のR(爬虫類)複合体に由来するものなのかどうかはわからない。

ひところ滝巡りに凝っていたことがあって徳島県下の滝を一つ残らず見て回った。

那賀奥の「肉淵の滝」を見ていたときに気がついた。

「滝巡り」とは、「生命の源をたどる旅」だということに。

滝は水と竜、水は「生命」、竜は「蛇」。

「生命の源をたどる旅」をしていて、「蛇」の象徴に出会いながら、「蛇」のことは考えもしなかった。

そうそう、去年、眉山でガガイモを見つけて、写真を撮った。

ミヤコグサの下の写真がそうだ。

http://jinglebook.blogspot.jp/search?q=%E3%82%AC%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%A2

このガガイモ、漢字で書くと、蘿藦(カガミ)、鏡芋(カガミイモ)、芄蘭(グネンラン)となる。

ここで問題なのは、蘿藦(カガミ)、鏡芋(カガミイモ)に共通する「カガミ」だ。

この「蛇-日本の蛇信仰」によれば、こうだ。

<「カガミ」という名称は、つまり長くはう地下茎とか、他のものにまつわりつく蔓(カズラ)を持った植物に冠せられる名称なのである。これらの蔓植物は、すべて今日の私どもが、「カガミ」という語からすぐ連想する「鏡」とは全く縁のない植物であって、・・・・>

あとは長くなるので略するが、要するに、「カガミ」とは、「カガ」=「蛇」、「ミ」=「身」なのだ。

つまり、「蛇のような形」。

われわれの身の回りには、思いの外たくさんの「カガミ」に満ちている。

それなのに、ほとんどその意味を忘れてしまった。

ギルガメシュが深淵(アプス)から取ってきた若返り(永遠の生命)の草を川で身を清めている間に蛇に食べられてしまった故事のように。

<追伸2013.3.4>

昨日、読了した。

蛇信仰は、日本の表舞台からは消え去ったように見えるが、その実、深く象徴として残っている。

文様や儀式の動作あるいは物として。

私のように幼くして村落共同体からディアスポラした人間には、そのことを知るのにミッドガルドの蛇のように長い長い時間がかかった。

恐らく知っている者は知っているのだろう。

この本を読んでいて、なるほどと納得することの連続だった。

正直、自分はあらゆるものを相対的な視点から見られるとうぬぼれていたが、恥ずかしながら、蛇のことは正視出来なかった。

禁忌(タブー)だな。

それほどまでに深く畏怖と嫌悪が刷り込まれていたのだ。

だが、時代を経るごとに畏怖よりも嫌悪が強まったのはわかるが、この蛇への生理的なまでの嫌悪感というのは後天的なものなのだろうか?

蛇は爬虫類だが、蛇の起源は意外と新しく現在最古の化石は次のとおり。

http://www.city.hakusan.ishikawa.jp/kyouiku/hakusanrokubunsitukyouiku/shiramine-kyoiku/kaseki/sinnsyukaseki_1.jsp

カガナイアス・ハクサンエンシス。

カガナイアスと言うから、どきっとしたよ。

「カガ」という音に。

加賀市で発見されたから、「カガ」がついているのだが、なんとも複雑。

次は、レプティリアン・ヒューマノイド(爬虫類・蛇人間)かな?

しかし、蛇人間なるものがあるとして、彼らの脳はどういう構造になっているのかな?と思う。

知的思考は人間とは違って、大脳皮質ではやっていないように思う。

参考になるのはインコ(オウム)だろう。

インコは鳥類(恐竜から進化)の中では最も知性が高いが、その思考は吻側部内側新線条体/上位線条体で行っているとみられている。

どの爬虫類から進化したかによって思考を行う部位が違うだろうから、人類型の脳ではない。

目も絶対ピット器官があるだろうね。

グレイにピット器官はあったかな?

ああ・・・・だんだん民俗学からSFになっていくうううう・・・

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