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2013年3月26日 / misotukuri

岡見堂のエドヒガン桜満開です

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 桜を訪ねて連日徳島の山野を歩いているが、今日は5時起きしてつるぎ町へ行ってきた。

まずは、岡見堂のエドヒガン桜。

紙屋小学校横の小高い丘の上に元禄時代に作られたお堂とともに鎮座している。

車を紙屋小学校のグラウンドに駐めエドヒガンが見える方向に上って行くと、樹齢400年近い巨木の桜が頭上から圧倒的な迫力で覆い被さってくる。

写真の腕がイマイチなので、このスケール感が出せないのがつらい。

満開やね。

抜けるような青空を背景にこの世のものとは思えぬ美しさ。

まさに彼岸の桜もかくやと思われる。

感動した。

  ふだん無感動を強いられている人間であるこの私だが。

ところで、ある本を読んでいてこういうくだりに行き当たり、憮然としたことがある。

いわく、「辛抱強いのは美徳でも何でもなく、ただ単に、無感動、鈍感な性格というだけである。」

私はまあ、どちらかと言うと、辛抱強い方なのだが、無感動、鈍感なだけだって!!!

あーあーあ、みんなそんな風に見てるのか。

もー、辛抱するのはやめた。

やめたやめたの赤いヤッケだ。

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  ま、それはともかく、次は、吉良のエドヒガンを見に行った。

ここままだ五分咲き。

おまけに2本、大きく枝を切り落としてある。

去年の台風で折れたのだろう。

枝と言うよりもう幹に近い。

吉良のエドヒガンもそろそろ寿命か。

ここは、午後からの方が陽が逆光にならなくて写真に撮りやすいのかな?

少しがっかり。

だが、下の方にもきれいな桜がたくさんあり、しだれ桜はとくに美しい。

吉良のあたりのエドヒガンはどれもせいぜい五分咲き。

今週末から来月初め頃が見頃となるだろう。

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さてさて、お次は、柴内桜堂のひょうたん桜。

これももう満開だった。

桜も付加価値だと思う。

きれいな桜は、はっきり言って、どこにでもある。

クローズアップすれば、どこの桜か、まったくわからない。

きれいな写真を撮るだけなら、うちの庭の桜でも十分だ。

しかし、なぜ人は、一本桜の名桜を求めてかけずり回るかと言えば、そこには何らかの付加価値が必ずあるからだ。

たとえば、この桜堂のひょうたん桜もそう。

今日も数人わざわざ香川県から見に来ていたが、(徳島県の人は地元なのに、地元だからかほとんど見に来ない)それはなぜかと言えばだな・・・

この程度の巨木の桜なら他にもあるが、これが人を引きつけるのは、やっぱり、ひょうたん桜だからだし、廃校となった山村の柴内小学校の横にあるからだ。

そこにロマンがあるんだよ。

もう一本、小学校の校庭の片隅にエドヒガンの巨木があり、誰の邪魔もしないで、その桜を眺めながら、お昼にした。

かーえりたくなーい。

かーえりたくなーい。

かーえりたくないけど、サヨナラマーチ。

では。

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