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2013年4月18日 / misotukuri

希少植物盗掘者をなくすにはどうしたらいいか?

山野草の写真を撮りながらトレッキングするのがJinchanの数少ない趣味なのだが、最近、いかにも腹立たしいのは、盗掘の横行ということだ。

盗掘するような彼らに何を言ってもカエルのツラにションベンとあきらめているが、何にもしないでいると図に乗ってやり放題をしでかすので、今度そういう輩を見つけたら、一発トコトンやってやろうかと思う。

それにしても、何故、あんな山野草のようなものを盗掘するのか?

これはやっぱり、買う人がいるからだろうね。

得々と「自宅の庭で山野草が咲きました」などと書いて写真を載せているブログを見かけるが、そもそもこういう人間がいるから盗掘がやまないのだと思う。

そういう人には、次の俳句を送りたい。

「手に取るなやはり野に置け蓮華草」

(以下は、http://kotowaza-allguide.com/ya/yaharinoniokerengesou.html から。)

<蓮華草は、野に咲くから美しく見えるのであって、それを摘んできて家の中に飾っても調和せず、美しく見えない。
播磨の俳人、滝野瓢水が、遊女を身うけしようとした友人をいさめた句。
この句は、自然の中で咲く蓮華草が美しいのと同じように、遊女は色町にいてこそ美しく見えるという意味。>

「犬猫女にたとえ話は通用しない」と言うが、たとえ話じゃなくて、そのものズバリで受け止めてほしい。

簡単じゃねーか。

アホみたいな値段でも買う人がいるから盗掘してきて売って儲けてやろうという不埒な人間が出てくる。

買う人がいなくなれば、大の大人が馬鹿らしくて山の中を歩き回れますかいな。

山野草を愛でるなら、山へ行って見れば良い。

脚が悪くて行けない人はあきらめなさい。

山野草を手元で見たいという欲望を満たす陰で自然の中の罪のない山野草が泣いている。

あなたがそれをあきらめれば、山野草は守られる。

これは、「美は誰のものか?」という問いにも関わることだ。

盗掘者というのは、「君は一塊の肉にすぎない。美は、それが解る者のためにあるのだ」(映画「大列車作戦」ジョン・フランケンハイマー監督)と言ったナチの将校と同じだよ。

その言葉は一面の真実を突いているにしても、少なくともそれは盗っ人のあなたではない。

また、彼に美術品強奪を命じた画家ヒトラーと山野草をどこかの市で買うあなたとは、少しも変わりのない存在だ。

もちろん、そんなあなたでもない。

あなたたちは、共に腰だめにしたマシンガンで撃ち殺されるべき下賤の輩だ。

Jinchanがバート・ランカスターならそうする。

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