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2013年5月29日 / misotukuri

映画「裏切りのサーカス」のセクシュアリティ度

先ほど録画してあった映画「裏切りのサーカス」(11年、英・仏・独、トーマス・アルフレッドソン監督、ゲイリー・オールドマン、コリン・ファース他)を見た。

原作は、ジョン・ル・カレの「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」(74年)。

非常に良く出来ているが、原作発表から37年も経って世界情勢も大きく変化してしまったせいか、全く現実感が持てないので困ってしまった。

もう、「ヒューマン・ファクター」(グレアム・グリーン)など今の人が読んでも理解できないんじゃないか?と思う。

冷戦華やかなりし頃、「寒い国から帰ってきたスパイ」を読んだり映画で見たりしたときに受けた強烈なサスペンスやじりじりと焼け付くような焦燥と恐怖の迫真性は、だらけきった現代ではもはや期待すべくもない。

これは、MI6(英国対外諜報部)に潜入した東側のスパイ(もぐら)を狩る話なのだが、一つ大きな問題があるのは、普通その手の仕事は、MI6がするのではなく、MI5(英国国内諜報部)がするはずだということだ。

ジョージ・スマイリーのようなMI6のスパイ・マスターの仕事ではない。

どちらかというと、そういうのは、英国内で発禁処分を受けた「スパイ・キャッチャー」という自伝本を書いたピーター・ライトのような人物の仕事かな?

その「スパイ・キャッチャー」の中に、やはり英国政府中枢部に潜む”もぐら”を狩る話が出てくるが、事実は映画や小説より更にスキャンダラスだ。

首相が外国のスパイでは?という話は、他にも「ゴーストライター」(ロバート・ハリス原作、ロマン・ポランスキー監督)などがあるが、やはり、そういう疑惑が生じる下地というのが英国政界には伝統的にあるのだろう。

アメリカでは、大統領は実は宇宙人(インベーダー)だった!とか、宗教的狂信者だったとか、明らかに変なのが妙にリアリティを持っているが、このあたりの国民性の精神病理を研究してみると面白いかもしれない。

日本はスパイ天国と言われるほど情報管理がそもそもずさんなのだが、亡命スパイの手記などで、協力者として名前のあがった政治家はたくさんいる。

まあ、偽情報もあるので本当のところは分からないが、変死などするとやっぱりそうかとか勘ぐりたくなる。

この映画、原作もそうだったが、はっきり言って、長くて関係者が多いので大変わかりにくい。

しかし、まあ、政治のことは抜きにして、「性の差なんて、どうでもいいわ」という英国人のセクシャリティを理解できないと、彼らの行動の理由(何故なんだ?という動機)がイマイチわからないだろう。

では。

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