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2013年10月20日 / misotukuri

デザイナーベイビーは規制するほど逆効果

 今日の朝日に、<「赤ちゃん設計」 許されるか 根強い批判、予測には限界>というデザイナーベイビーにつながる特許がアメリカで認められたという記事が出ていた。
 http://www.asahi.com/articles/TKY201310190434.html?ref=com_top6_1st
 これによると、どうやら、もう既に我が子を遺伝子工学と生殖医学の結合により事前にデザインすることはある程度可能になっているようだ。
 恐らく、実験段階は既に終わっているのだろう。
 昔、2001年の元旦のある新聞だったと思うが、21世紀の変革する世界についての特集記事の一つにデザイナーベイビーのことが出ていた。
 このデザイナーベイビーも、初めは我が子に、癌や難病などの病気リスクを回避させて健康で幸せに長生きするようにさせたいとか、好ましい容姿や高度な知性、芸術・スポーツの才能を与えて人生の成功者にしてやりたいという親の願望から始まるのだが、心配なのはそのことによって社会の貧富の格差が今以上に加速することと権力がこの技術を戦争の道具に悪用することだ。
 しかし、これは幾ら法律や倫理で規制しても無理だね。
 逆に規制すればするほど、超富裕層と権力者層(たいていこの両者は重なり合っている)だけがこの技術をフルに利用できるようになるだけだ。
 金も権力も持たない一般庶民は一般庶民同士で、出たとこ勝負の非効率的な生殖を繰り返している間、金も権力も持っている支配者層たる彼らは密かに自らをサラブレッドに仕立てるべく科学的に血族結婚の弊害を取り除いて行く。
 ただ、芸術やスポーツの才能は、それを幾ら与えられても、逆境でこそ花開くようなところがあり、難しいと思う。
 昔、「天才の精神病理」という本を読んだことがある。
 http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A9%E6%89%8D%E3%81%AE%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%97%85%E7%90%86%E2%80%95%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%9A%84%E5%89%B5%E9%80%A0%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%AF%86-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%A3%AF%E7%94%B0-%E7%9C%9F/dp/400600057X
 これを読めば、知性についても、理想的にデザインされた健康な赤ちゃんが科学的創造性を持つようになるとはとうてい思えないが、まあやってみれば良いと思うね。
 もっとも、超富裕層や権力者層の人間には創造性など不要で、単に人生を享楽出来れば良いと思っているだろうから、そこそこの知性と健康で美しい容姿が得られればそれで満足するのだろう。
 人とは超人に至る過渡的な存在であり、デザイナーベイビーで理想的な人間を作っても仕方がないなどと考えるのは私のようなひねくれ者だけだ。
 親が我が子に幸せの条件を整えてやりたいと思うのは自然な感情だ。
 だれしも我が子に大いなる苦悩に押しつぶされる天才になれとは思わないだろう。
 たとえ、自分が天才でも、こんな苦しみは自分一人でたくさんだと思うはず。
 我が子には平凡でもいいから幸せな人生を望むもの。
 そして、幸せな人生が得られる諸条件が少し手を伸ばせば届くところにあるとしたら、それを掴んで我が子に授けてやりたいと思う。
 だが、それでその子が必ず幸せになるかと言えば、なかなかそうはいかないだろう。
 なぜなら、幸せは求めて得られる場合もあるが、たいていはその人が何かをした結果、感じるものだから。
 それはわかっているが、デザイナーベイビーを望むのは、そのハードルを少しでも低くしてやりたいと思う親心だな。
 私も、我が子に思うのは少し違うが、似たようなものだ。
 私が思うのは、私が躓(つまづ)いてしまったところを我が子には無事乗り越えて先へ行って欲しいということだ。
 「オレの屍を乗り越えて行け!」だ。
 それが遺伝子を操作することで可能なら、ためらいはないだろう。
 ただ、権力、すなわち資本の論理がそれを簡単に一般庶民に与えるはずがない。
 未知への恐怖心や危険性の喚起、あらゆる宗教・倫理・道徳を駆使してまでもそれを阻止するだろう。
 なぜなら、会社に社長は一人で良い、アメリカに大統領は一人で良いからだ。
 一般庶民のクライアントには従順性(あるいは協調性、環境順応性とでも言おうか)の遺伝子をこっそり強化して注入するに決まっている。
 だから、デザイナーベイビーなど規制するなと言うのだ。
 だいたい、規制、規制と言っても誰が規制するのか?
 それは権力が規制するわけで、その権力を支配者層以外に誰が真に規制できるのか、大いに疑問だ。
 だから、いっそ規制するのはやめ、デザイナーベイビーの技術提供会社と親に無過失製造者責任を問えるようにすれば良いと思うのだ。 
 どうしたって、この流れは止められない。
 また、危険・危険と言うが、誰にとって、何が危険なのか、それには議論の余地が大いにあるのではないか?
 人類は自らの意志で進化するとば口に立っていると考えて良いのでは。

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