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2013年11月9日 / misotukuri

軽自動車税増税ならもはや軽自動車税とは言えなくなるのでは?

 民主主義的な税制は、国民に適正かつ公平な負担を求めるものでなければならないが、そのためには国民が望む社会像というものが前提になっていなければならない。
 自動車関係税の混乱は、一つには、税制を財政学や経済学で考えるからそうなる。
 税は税収を得ることを目的とするが、その税制は、やはり、法律学あるいは社会学で考えるべきなのだ。
 財政学や経済学に欠けている視点とは、この社会をどのような社会にしたいのか?という視点だ。
 それがないから、ただ「取れるところから取る」という理屈もへったくれもない無原則なデタラメばっかりがまかり通る。
 来年4月から消費税が8%に増税なるが、識者が幾ら言ってもインボイスを導入しないのも、益税を事業者に与えるアメにしているからだ。
 同時に、地方税である自動車取得税が廃止されると、地方の貴重な財源がなくなるので、その穴埋めに軽自動車税を増税しようという、また理屈もへったくれもないことを考える輩がいる。
 そもそも消費税が出来たときに、いやせめて地方消費税が出来たときに、自動車取得税は廃止すべきだった。
 国地方を問わず、消費税と類似の税は、消費税誕生時に廃止の対象になり、施行と同時または形を変え徐々に廃止されて行った。
 それは何故かというと、二重課税の嫌疑濃厚だからだ。
だが、その中で、地方税では、不動産取得税と自動車取得税だけがいまだ残っている。
 その税理論の構成は、なかなか難しいのだが、消費税とは、事業者が行った資産の譲渡や貸し付け、サービスの提供に課税される間接税なのだが、納税義務者はあくまで事業者であり、消費者は価格の中に含まれる消費税相当額として負担するにとどまるのであって、納税義務者ではないのだ。
 だいいち、事業者でもないあんた、消費税を税務署に申告してますか?してないでしょ。
 ところが、不動産取得税にしろ自動車取得税にしろ、その適正な価格について不動産や自動車の取得者に対して課税されるいわゆる流通税。
 不動産の内、土地の譲渡については消費税は課税されないが、それは土地については消費性がないからだ。
 だが、家屋の譲渡については消費税が課税され、消費者は価格の中に5%の消費税相当額を負担している。
 自動車取得税についても同様だ。
 つまり、税の名称や納税義務者がどうであれ、課税の時期や実質的な負担者は同じだから、二重課税と言われてもしかたがない。
 それなのに、いまだに残っているのは、ひとえに地方の貴重な財源だからだ。
 つまり、それを無くすなら、その分消費税をくれと言うことになる。
 だが、今回はそれが出来ないので、他の地方の自動車関係税の中で、と言っても軽自動車税、自動車税しかないので、自動車取得税の7割が市町村に配分されることから、軽自動車税の増税に目をつけた。
 アメリカ側から軽自動車に対する優遇税制は非関税障壁だとかなんとか言ってきているなどと外圧まで持ち出して、軽自動車を増税したって、非関税障壁も何もアメ車が日本で売れるわけないのに、アホなことを言っている。
 少なくとも、軽自動車税を自動車税並の課税にするというのなら、軽の規格もメリットがないのだから撤廃しなければいけない。
 それはもう軽自動車税ではないし、市町村税の対象外になってしまい、自動車税となり、市町村は財源を失う。
 いったいこの話にどんな理屈があるというのか?
 何の理屈もへったくれもない。
 そもそも何で軽自動車の規格をこしらえ、それの優遇税制を敷いてきたのか?
 その背後には、要するに税制の創設趣旨だが、そこには必ずどういう社会を目指すのかというビジョンがあったはず。
 それは必ずしもスズキの会長が言っているような趣旨ではなかったかもしれないが、税制の設計段階で仕組まれた方向性はまさしく正しく実現されてきたと言って良いのでは?
 それを財政上の都合で差し引き0にしたいなら、軽の規格も無しにして、軽自動車も廃止して、自動車税一本にすればいい。
 自動車税にも問題は大ありなのだが・・・
 まあしかし、現実的には、増税幅を抑え、優遇の幅を縮めるなどという姑息なところで落ち着くかも。
 最悪だな。

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