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2013年11月26日 / misotukuri

「毒の目覚め」読了-これはスゴイとしか言いようがない!

 「毒の目覚め(AWAKENING)」(S・J・ボルトン著)読了した。
 2010年度のMWAメアリー・ヒギンズ・クラーク賞受賞作だ。
 これは、ホント、スゴイとしか言いようのない10年に一度の傑作だ、と思う。
 ・・・と、ちょっと歯切れが悪いのは、メアリー・ヒギンズ・クラーク賞だからだ。
 メアリー・ヒギンズ・クラークは、アメリカのサスペンスの女王と言われている作家で、この賞は彼女を記念して最近出来た賞。
 ところが、私はシャーロット・アームストロング以外、サスペンスはほとんど読んだことがない。
 サスペンスの手法は、ヒッチコックの映画でちょこっと知っている程度。
 だから、この「毒の目覚め」が本当に10年に一度の傑作かどうか自信はないのだが、どれとは言わぬが、凡百のエドガー賞受賞作よりこっちの方が優れていると思う。
 この小説、実は蒜山へこの間行った時、夕食後、宿で読み始めたのだが、たちまちこれはスゴイと思った。
 最初からこんなに引き込まれたのは久しぶりだった。
 これは野生動物病院の獣医クララ・ベニングを主人公とするサスペンス・ゴシックホラー・ミステリ。
 クララには、対人恐怖症的なところがあり、私生活では非常に内気で引っ込み思案なのだが、どうしてかなと思っていたら、読み進む内に、はっきりとは書いていなかったのだが、どうやら左の頬に大きな醜い痣かなんかの疵があるようなのだ。
 それで人間より動物を相手にする仕事を選んだのかとわかってきた。
 すやすや眠っている赤ん坊の腹の上で、蛇がとぐろを巻いてじっとしているのを見つけパニックに陥った母親からの電話で駆けつけた彼女は、それがこの近所では珍しい毒蛇のクサリヘビだと気がつく。
 間一髪で赤ん坊を毒蛇から救った彼女はいっぺんに蛇の専門家と見られ、あちこちから蛇退治の声がかかる。
 なぜかその小さな村では蛇が大量発生しているようなのだ。
 しかも、いろんな種類の蛇が。
 このあたりの自然環境には絶対いないオーストラリアの世界最悪の毒蛇と言われるタイパンまでいた。
 そのうち毒蛇に噛まれて死んだ人を調べていると、一匹の毒蛇が噛んだにしては、毒が濃すぎることに気がつく・・・・
 オレも蛇は得意な方ではないが、この小説はホント、スゴイよ。
 とにかく、ものスゴイね。スゴイとしか言いようがない。
 訳文を通してでも、ただならぬ筆力を感じる。
 サスペンス作家というのは、シャーロット・アームストロングのように、とにかく頁をめくらせることにかけては天下一品の筆力を持っているものだが、このS・J・ボルトンも同じだね。
 頁をめくるのがもどかしく、次から次へと我を忘れてストーリーに引き込まれてしまう。
 今年は巳年で蛇年だが、年頭に吉野裕子の「蛇-日本の蛇信仰」という人類学の名著を読んで、長年疑問に思っていたことへの解答を見つけたと思ったら、どういうわけか、あちこちで色々と蛇にまつわる事に出くわす。
 そして、年も終わり頃になって、今度はこの「毒の目覚め」だ!
 これを読むまで、今年読んだ本のベスト1は、ロバート・R・マキャモンの「遙か南へ」かと思っていたが、いやあ、この「毒の目覚め」で決まりだね。
「遙か南へ」にも脇役に顔半分に大きな醜い痣がある美少女が出てくるが、この「毒の目覚め」は、そういう女性を正面からヒロインに据えて、堂々のゴシック・ホラー・サスペンス・ロマンを書き上げている。
 女性にとって醜貌という何とも微妙な部分に切り込んだ成長小説だ。
 原題は「AWAKENING」であり、これを邦題は「毒の目覚め」としているが、原題の方が含蓄がある。
 と言って、「目覚め」とか「覚醒」とか訳しても平凡で、まあ、販売政策上これでも良いのだろう。
 ヒロインの傷口をサディスティックなまでにえぐる部分は、ここまで来るとむしろ枯淡の味わいさえあり、「ジュネーブのドクター・フィッシャーあるいは爆弾パーティ」(グレアム・グリーン著)を思い起こさせた。
 そして、何より、感心したのは、夜の自然描写の感覚的表現の巧みさだ。
 小説の自然や風景などの描写で感心することは滅多にないのだが、こんなに巧みなのに出会ったのは久しぶりだ。
 また、蛇の生態と蛇信仰の蘊蓄も素晴らしい。
 ミラノ大聖堂の十字架に巻き付いた蛇が釘付けされているステンドグラスの指し示す意味は、吉野裕子の「蛇」を読んでいたせいで、キリスト=蛇(復活する永遠の命)という象徴的表現が西洋にもあるのだなと驚きはしなかったものの、フーンと思った。
 キリスト=魚の表象はよく知られているが、蛇というのは全く思いつかなかった。
 しかし、そういえば、簿記のT字は十字架の別形式であり、それには知恵(秘密の知識)の象徴である蛇が巻き付いているよな。
 その蛇は釘で打ち付けられていなかったか?
 よくわからない。
 裏キリスト教とも言うべき異端グノーシス派への関心も再燃しそうだな。
 細部が色々と面白い。
 なお、この作者、ファーストネームがイニシアルしかないけど、女性?
 女性の書いたSFは読むに耐えないが、ミステリやサスペンスは逆に女性でないと書けないんじゃないかと思う。
 ほんと、これはスゴイ。それしか言いようがない。

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