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2013年11月27日 / misotukuri

今年も喪中欠礼はがきは出しません

そろそろ喪中欠礼はがきが来始めた。
今年も親戚に不幸があったので、うちは来年のお正月はしないし、年賀はがきも出さないのだが、ついでに喪中欠礼はがきも出すのはやめようと思う。
昔、年齢別の人口統計を調べていて気がついたのだが、人間年齢が65才を過ぎるとみんなものすごい勢いで死んで行く。
もう既に団塊の世代がどんどん死に絶えていく時代に入っているので、これからは毎年のように年賀の挨拶が出来なくなるだろう。
だって団塊の世代の親やその兄弟の誰かが死に、本人も早めに死ぬのが出てくるからね。
年賀はがきの売り上げも確実に減っていくだろうね。
だけど、年賀に代わって喪中欠礼ばかり出し続けるというのも、毎年続くとなんだかおかしい。
喪中欠礼を出す相手自体も死んで次第に減ってくるし、そのうち自分も死んでしまうし、なんやかや考えると空しい習慣だな。
だから、喪中欠礼はがきは出しません。ごめんなさい。
ネットでこのブログを見てくれている人ならおわかりと思うが、年賀も喪中欠礼も全然来なくなったら、あのJinchanもとうとうくたばったんだなと思ってくれて結構だ。
それにしても、年賀はがきが売れなくなると、日本郵便(株)も困るだろうな。
それだけが頼りなのにね。
でも、そもそも郵政民営化で郵便事業を分けたのは、赤字部門の郵便事業をやめるためだったと思う。
ところが、しぶとくも郵政族が復活してきて、2012年10月1日、郵便事業株式会社と郵便局株式会社を合併し、「日本郵便株式会社」として統合させることに成功した。
持ち株会社をヘッドに事業ごと分社化する目的は、何か?
それは、赤字部門を切り捨て、黒字部門に資本や人材を集中させやすくするためだ。
世の中には、そういう経営学の基本が解っていないお馬鹿さんが沢山いて、いつまでも過去の栄光を忘れられず、切り捨てられない。
だから、日本の企業は成長して大企業になっていくと共に、ダメになっていく。
もちろん、アイデンティティの象徴とも言うべきものもあるが。
郵政民営化で分社化した意味がわかってないのだ。
郵便事業に未来はない。
まさか、あるとでも思っているのだろうか?
インターネットの普及はこれからますます国民生活の隅々に及んでいく。
郵便サービス程度のことなら、インターネットを使った電子メールで出来ないことは何一つない。
まだ法律で郵便を使うことを義務づけているものがあれば、そういうものは無くしていかなければならない。
郵便の機能に重要なものがある。
それは、タイムスタンプ機能だ。つまり、消印。
その日付や時間をもって締め切りとか、何かの優先劣後の判定等に使用されるものだ。
特に公的なものについては、信頼性に於いてなかなか他に代えがたいのだが、これも次第に郵便局の消印でなくても可能になってくるだろう。
とすれば、もう郵便は本当に必要なくなる。
時代の役目を終えたのだ。
全てのポストにはがきや封筒が一つも入っていない日がいずれ来るようになる。
だが、すっぱりやめられないのなら、次第に縮小し、いずれは郵便局長兼郵便配達夫でいいのだ。
どっちにせよ、私は来年の年賀はがきも出さないし、今年中の喪中欠礼はがきも出さないから、みんなゴメンな。

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