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2013年12月22日 / misotukuri

既に政治の大地震予測は本当に当たるのか?

  12月20日の政府の地震調査研究推進本部が「全国地震動予測地図」の改良版を公表した。
 今後、30年以内に震度6弱以上の揺れに襲われる確率が地図上で示されている。
  しかし、まあ、やってくれるよね。
  この予測って、本当に当たるのかな?
  ぱっと見、過去30年以内に震度6以上に襲われた周辺より襲われていない所の方が高い確率になっている。
 当たり前と言えば当たり前だよな。
 地震がある程度の周期性を持つものなら、最近起きた所では次の周期が近づかないと起きるはずがないと思うのが自然な感覚。
 1万5000年に一度の超巨大地震が起きたら、次は1万5000年先まで来ないと思うもの。
 南海大地震は、記録によれば、最古の記録が西暦684年で前回の昭和地震が1946年ズラズラーッと時系列で並べると次のとおり。
 1  684年
 2  887年・・・203年 
 3 1099年・・・212年
 4 1361年・・・262年
 5 1498年・・・137年
 6 1707年・・・209年
 7 1854年・・・147年
 8 1946年・・・ 92年
 以前にもやったが、この大ざっぱな統計をどう読み解くか?
 まず、平均値を出してみよう。
 この間、8回来ているので、
     (1946-684)÷(8-1)≒180
 となり、平均すると南海大地震が来るのは180年周期だと言える。
 ただし、この8回の地震の間隔の平均をみると、1回目から4回目までの前半は約225年、5回目から8回目までの後半は約150年となり、間隔が短くなってきている。
 また、一番長かった間隔は262年で、一番短かった間隔は前回の92年となっている。
 ここで、次回の9回目がいつ来るかの予想だが、ギャンブラーの感覚で言えば、
   長、長、長、短、長、短、短  と来ているので、7:3で、次は、長だと思う。
 しかし、もし短とすると、それがどれくらいの短さかだが、最近3回の間隔自体の差の平均を見ると、
    209-147=62、  147-92=55  で、  (62+55)÷2≒59  となる。
 従って、短が出るとすると、1946年からだいたい59年後と見ていい。
    1946年+59年=2005年
 つまり、9回目が92年後よりも更に早く来るとすれば、それは2005年には来ていなければならない。
 まあ、私が防災関係の業界で活躍していた1975年頃は、その程度の計算で計画を立てて、次なる南海大震災を待っていた。
 ところが、2013年の今年で前回の地震から既に67年経過してしまっている。
  さすがに、先ほどのギャンブラー感覚では、もう短は来ないと思うのだ。
 平均間隔180年のうち67年経過と言うことは、既に37%を超えて過ぎており、もう、早い訪れはない。
 長で来るとしたら、前2回を1つの地震と考え、1707年から約400年~450年後の2107年~2157年の間と思う。
 もっとも、こういう結論も、数少ない統計を素人ギャンブラーの勘でもってもっともらしくモデル化したものに過ぎず、何の意味もない。
 そういう未来予測には常に予想外の要素が加わって、「そいつは想定外でした」とか言い訳をしなければならなくなるもの。
 だが、想定外を想定するのは、言うは易く行うは難しだ。
  結局のところ、未来予測は競馬の予想や占いと大差ない。
  詳しく知れば知るほど当たらなくなる。
  それは知るほどに増え続ける考慮すべき要素自体の影響度の計算が難しいからだ。
 だいたい、政府の御用地震学者達の予測は、既に政治になっている。
 観測データの解析がどのように進んでも、神戸の地震も東北の地震も予測できなかった。
 そんな彼らが、過去の失敗を棚に上げ、何を今度は南海だ、東海だ、いや首都直下だとか、恐怖感を煽っているのか?
 それで自分たちの所に予算が回ってくるからだし、都道府県は防災対策名目で公共工事が出来るからだ。
 徳島市役所では去年から比べて、震度6以上の巨大地震に遭う確率が3.9%上って、68.1%になった。
 高知市役所では4.4%上がって、71.3%になった。
  どーでもいいけど、このことに科学的根拠はあるのだろうか?
  このまま毎年同じ率で確率がアップしていけば、6年から8年後には100%になってしまうのだが。
 徳島市も高知市も同一震源で来るときは一緒だし、震度も差はないのにおかしいね。
 前回は、被害は高知が多かったようだが、震度は徳島が大きかった。
 これは明らかに防災名目の公共工事のための予算獲得の意図が見え見え。
 高速道路建設も防災名目になるというから笑ってしまう。
 しかし、当たるか当たらないか、そんなことは何とも言えないが、少なくとも大地震対策が政治になっているのは確かだ。
  公共工事がダメだというのではないが、来ても来なくても巨大地震対策用の防災工事は無意味だと思うのだ。
  幾ら対策を講じていても、完全な予測が出来ない以上、ある程度の被害は出る。
  また、耐用年数以内に巨大地震が来てくれないと、効果は分からないしね。
  そんな馬鹿馬鹿しいことに膨大なお金を使うより、むしろ、巨大地震が来た後の復旧・復興を速やかに行うにはどうすればいいかを考えるべきだ。
  神戸や東北の大地震からの復旧・復興を教訓にね。
  公共工事は公共工事で良いと思うのだ。
  防災対策の公共工事ではなく、公共工事の中で防災を考慮すればいい。

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