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2014年1月8日 / misotukuri

映画「恐怖と欲望」ー始まったところで終わるのか?

 先ほど、映画「恐怖と欲望(Fear and Desire)」(53年、米、スタンリー・キューブリック監督、フランク・シルベラ、ケネス・バーグ他)を見た。
 いつの時代にも、そしてまた、どこの世界でも通じる普遍的なテーマである「恐怖」と「欲望」を取り上げて描いた、架空の戦争映画。
 敵と対峙している孤島で、エネミー・ラインから約10km(6マイル)敵の支配地域に入った所で撃墜され、生き残った4人が逆に敵の基地を襲って、将軍を殺し、飛行機を奪って帰還する話。
 そして、この映画の主人公だが、多分、生きて帰ってまた修理工としての一生を送るより敵の将軍と差し違えてここで死にたいと思い詰める軍曹ではないかと思う。
 つまり、この映画の題の「恐怖と欲望」とは、「(死への)恐怖と欲望」なのだ。
 この映画、実は、キューブリックの監督初作品であり、後日、キューブリックが買い取って、これはアマチュアの作品だとして封印してしまったという幻の作品。
 キューブリックは、この映画、いったいどこがそんなに耐えられないくらい恥ずかしかったんだろうか?と思う。
 そんなに悪くないし、彼の本質がもろに出ているけどな。
 見終わって、彼の遺作「アイズ・ワイド・シャット」を思い出した。
 今まで、「アイズ・ワイド・シャット」をどう考えたらいいのかよくわからなかったが、これもある意味、形を変えた「恐怖と欲望」ではないかという気がしてきた。
 彼も、始まりのところで終わったんだなと思った。

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