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2014年2月6日 / misotukuri

全聾の作曲家佐村河内ゴーストの野望-なぜに幽霊になりたがるのか?

 まるで、先日見た映画「クラウド・アトラス」に出てくる#幻の名曲の誕生秘話のようだね。
 音楽の世界にもゴーストライターがいたとは!
 ベートーベンは大丈夫か?
 ひょっとして、彼のゴーストが第九を作曲したんだとしたら、どーする?
 以下は、朝日新聞からのコピペ。
<全聾(ろう)の作曲家」として知られる佐村河内守(さむらごうち・まもる)さん(50)の主要な作品の「ゴーストライター」だったという、桐朋学園大非常勤講師で作曲家の新垣(にいがき)隆さん(43)が6日、記者会見した。
 新垣さんは「(佐村河内さんの)耳が聞こえないと思ったことはない・・・>
 こういう告発って、ゴーストライター失格ではないのか?
 という疑問で、「ゴーストライター」をネット検索すると、あるわあるわ。
 Wikipediaの記事が面白い。
 特に「ゴーストライターの例」を参照されたい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%BC
 川端康成関係が多いね。
 ただし、日本の文壇では、昔から盗作、代筆、翻案などザラで、有名な作品でもそうなので、私など次第に日本の小説は読まなくなった。
 特に、芥川龍之介はひどく、菊池寛のように俗っぽくないだけに、何故こんなことをしたのかと読んでいてこっちが気恥ずかしくなる。
 しかし、これは著作権という権利概念が日本では未発達なせいなんだろうな。
 <著作権法第121条>
 著作者でない者の実名又は周知の変名を著作者名として表示した著作物の複製物(原著作物の著作者でない者の実名又は周知の変名を原著作物の著作者名として表示した二次的著作物の複製物を含む。)を頒布した者は、一年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
 ゴーストライターは代作しただけで、著者名の表示うんうんは出版社側の問題だが、ゴーストライターが盗作した場合などの責任は誰が負うべきなのか。
 頭が痛くなる。
 これは明らかに法の不備で、ゴーストライター契約の特例規定を設けないことには、業界の慣習的実態とかけ離れたモノになる。
 ゴーストライターは、作品の提供と引き替えに作品の出版から生じる一切の権利を放棄すると共に義務もまた負わないというものでなければならないだろう。
 有名人の自伝など、誰もまさか本当に本人が書いたとは思わないだろうが、中にはウブなファンがいて、「信じていたのに裏切られた。腹が立つ」と著作権法第121条を適用しろと騒ぐかもしれないからだ。
 ゴーストライター契約は公序良俗違反だなどと本気で言うウブな学者がいるからややこしい。
 アホなこと言いなさんな。
 今回の全聾の作曲家佐村河内ゴーストの告発は、信義誠実の原則に違反するもので、ゴーストライターとしての仁義にもとる。
 だが、その気持ち、わからんでもない。
 そもそも何故、みんな幽霊(ゴースト)になりたがるのか?
 「尼寺へ行け、オフェーリア、何故に罪人の子を産みたがる」だよ。
 そういうシェイクスピアにもゴーストライターの噂が根深い。
 ゴーストライターが素晴らしい傑作を書き上げたのに、ゴーストだから自分の名前が出せない。
 それはつらいだろう。
 しかし、どんなものかな?
 昨夜、映画「バベットの晩餐会」(87年、デンマーク、ガブリエル・アクセル監督、アイザック・ディーネセン原作)をウン十年ぶりに見た。
 19世紀末、パリで一番人気の「カフェ・アングレ」の女性シェフだったバベットは、パリ・コミューンの後の政治的混乱から逃れ、か細いつてを頼ってデンマークはユトランドの寒村の旧牧師館に流れ着き、無給の家政婦として暮らしていた。
 ところが、ある日、パリで友人に買ってもらっていた宝くじが当たって1万フランという大金を手にした。
 彼女は、その旧牧師館の美しい老姉妹とそこに今も通うわずかな信者の為に1万フランを全てつぎ込んで、牧師の生誕100年祭の晩餐会を開くことにしたのだが・・・・
 今見ても、全然、古びていない不思議な素晴らしい映画。
 まさに、料理人のよろこびとは何なのかというのを教えてくれるような映画だったね。
 料理人=芸術家と置き換えることが出来る。
 もちろん、ゴーストライターにも。
 金のために身(才能)を売ったゴーストライターにだって、一世一代の大傑作をものにすることもあろう。
 だが、その時、その大傑作を前にして、そこに自分の名前がついているかいないかなど、実はどうでもいいことだ。
 人は芸術に感動するのであって、作者の名前に感動するのではないからだ。
 ゴースト新垣隆さんも、それはわかっているが、とはいうものの・・・だろう。
<2014.2.7追伸>
 ベートーベンについてこういう意見を寄せてくれた人がいたので、かいつまんで紹介しておく。
 音楽の業界も映画と同じく分業化が進んでいて、「日本のベートーベン、全聾の作曲家、佐村河内守」というのがそもそも一つのブランドと解すれば、どーってことないことだ。
 しかし、これは難聴者には実に迷惑な事件だね。
 本物のベートーベンは、第九の初演時には聴衆の拍手、大喝采がまったく聞こえなかったという話だが、多分、補聴器がなければ話をするのは難しかっただろうが、楽器の音などは余裕で聞こえていたはず。
 だから、そういう逸話が本当にあったとして、それはベートーベンもちょっとオーバーに演技して見せただけなのかも。
 日本のベートーベンだって、いまさらファンの皆さんに、「どうせあたしをだますなら だましつづけてほしかった」と言われてもねえ。
 そのつもりだったんだけど・・・だろう。

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