Skip to content
2014年3月7日 / misotukuri

社会に復讐するとニートは言うが、その社会とは?

 千葉県柏市で起きた連続殺傷事件。
 強盗殺人容疑で逮捕された竹井聖寿(せいじゅ)容疑者(24)が取り調べの捜査員にこう言った。
 「バスジャックをして乗客を人質にとって空港に乗り付ける。ハイジャックをして飛行機ごと東京スカイツリーに突っ込み、社会に復讐する」と。
 犯行をスマホで動画に撮ったのを売ってやろうかと持ちかけるなど、明らかに頭がおかしいので、恐らく精神鑑定がなされるだろう。
 そこで、はっきり精神障害者となれば、精神障害者の人権を配慮して、報道は次第に少なくなるだろう。
 彼は何でもセレブ・ニートとかいう人種らしい。
 セレブ・ニートって、何?と聞くと、親の金があるのでセレブのような暮らしが出来るニートのことだと聞かされ、爆笑してしまった。
 しかし、また何でそんな彼が、社会に復讐しなければならないのか?
 2008年の秋葉原無差別殺傷事件の犯人、加藤智大(ともひろ)は、当時25歳の元自動車工場派遣社員だった。
 この加藤智大なら、「復讐するは我にあり」とほざいても、まだ、わからないでもない。
 だって、この竹井聖寿は、セレブ・ニートを満喫してたんじゃないのか?
 だいたい、セレブ・ニートに恨まれるようなことをしてるのかな? この社会って。
 それとも、次第に親も援助を渋るようになって、セレブ・ニートもしづらくなったか?
 いよいよ事件でも起こして、刑務所ニートに鞍替えを考えたか?
 いくらツイートしても相変わらず存在感のない人間が、耐えがたい孤立感から注目を浴びようとしてやったのだとわかった風なことを言ってる人もいる。
 意外と、そうかもしれないよな。
 今の若い子らは、とにかく群れたがることが一番だからね。
 仲間はずれにされるのが最大の恐怖なのだ。
 しかし、群れたがるのは羊ちゃんだよ。
 群れたがりたくない奴は、狼か牧羊犬にでもなるといい。
 とすると、この竹井聖寿という奴は、狼にでもなった気分なのかな?
 どおりで、通り魔か?
 しかし、「荒野の狼」(ヘルマン・ヘッセ)は、社会に復讐しようなんて気はないよ。
 この竹井聖寿という奴、中学校は不登校、高校はすぐに退校だってね。
 こういう人間が復讐したい社会のイメージとは?
 何となくわかる気がする、危険な私。
 「今夜の私は危険よ」(コーネル・ウールリッチの短編)の気分だな。
 ちなみに、どういう香水なのか、嗅いだことがないので、よくわからない。
 小説を読むと必ずトラブルを抱えた人間の住む社会が出てくるが、そういう社会は、まあ、現在のわれわれが住んでいる社会と時代や風土や規範がまるっきり違っていても、理解できなくはない。
 たとえ、それが遭難した異星人のコロニーとか、漆塗り職人のギルドとか、極北の矯正収容所とかであってもだ。
 それは外見は異なっていても、同種の者が群れるということで共通しているからだ。
 だが、通り魔や銃乱射などの無差別殺傷事件を起こす疎外された人間の抱く社会のイメージというのは、明らかに違っている。
 彼らは、最初からどこの小社会にも所属していないからだ。
 どこかの社会に所属していて、そこを追放されたのなら、復讐してやるべき社会が何か明確なイメージを持てるだろう。
 彼らは、いっとき、どこかで臨時工とかしていたかもしれないが、常に、そこは自分がいるべき場所ではないと感じていたはず。
 だから、そこをクビになっても、経済的に困らなければどーってことない。
 このどこにも所属感の持てなさというのは、孤立感とはちょっと違う。 
 孤立感は、別に気にならないのだと思う。
 この竹井聖寿の場合は、所属感の持てなさも孤立感もあったろうが、そんな漠然としたものでなく、何らかの意図があってああいう犯行をしたのではないかと思う。
 殺された会社員が同じアパートの住人だったことなどを考えても、最初から「通り魔の出る街角」とか、歌の題にもできそうなキャッチコピーで付近の人を恐怖のどん底に陥れてやろうなどとは考えていなかったと思う。
 犯行現場が自宅の近くで、殺された会社員は同じアパートの住人という点から考えても、多分、精神障害者として捕まえてもらいたいがためにやったのでは?
 だが、意外となかなか捕まらない。
 それで、自宅近くばかりで通り魔を始めた。
 精神障害者手帳をもらって、刑務所を出た後は、福祉年金かなんかをもらって、おおっぴらに生涯ニート出来るようにするため演技しているのだろう。
 これは三重県四日市市中三女子強盗殺人事件と似て非なる「犯罪機会説」ではなくて、「犯罪動機説」で解明できそうな事件だ。
 では。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。