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2014年4月20日 / misotukuri

映画「スター・ウォーズ」エピソード1、2,3一挙に見てしまった

 3日かけて「スター・ウォーズ」エピソード1、2,3と続けて一挙に見てしまった。
 「エピソード1/ファントム・メナス」(99年)は、以前にも見たことがあるが、ちょっと馬鹿馬鹿しくて、まあ付き合いで見てやったかなと言う感じだったが、「エピソード2/クローンの攻撃」(02年)と「エピソード3/シスの復讐」(05年)は、今回が初めてだった。
 全編通して、今度は、ジョージ・ルーカスが監督をしている。
 「エピソード1/ファントム・メナス」(99年、米、ジョージ・ルーカス監督、リーアム・ニーソン、ユアン・マクレガー、ナタリー・ポートマン他)は、やはり、馬鹿馬鹿しい駄作だが、クワイ=ガン・ジン役でリーアム・ニーソンがジェダイのマスターとして出ており、なかなか良い味を出している。
 ユアン・マクレガーのオビ=ワン・ケノービは、アレック・ギネスのイメージが強かったので、ユアン・マクレガーじゃあ、ちょっと落ち着きがないように思えたが、若い頃の設定だからこれで良いのかも。
 ルークとレイアの母親になるハドメ役のナタリー・ポートマンは可もなく・不可もなし。
 アナキン・スカイウォーカー(後のダース・ベイダー)役の子供時代はジェイク・ロイド、大人になってからは、ヘイデン・クリステンセン。
 子役のジェイク・ロイドはかわいいが、ヘイデン・クリステンセンはもう少し身長が欲しいが、まあ、適役だな。
 結局、3部作かけて4部の「スター・ウォーズ・エピソード4/新たなる希望」(77年)のルーク・スカイウォーカーの物語の背景説明に過ぎないのだが、まあ、やっぱり好きだからかな?面白いね。
 「エピソード2/クローンの攻撃」は、ストーリーが入り組んでいて、ちょっと気を抜いて目をそらしたりしていると、何が何だかわからなくなる。
 その点、「エピソード3/シスの復讐」は、ストーリーの構造が見えてきたこともあり、非常にまとまっているという印象がある。
 説明すべき点は全て説明した感じだ。
 ただ、チューバッカが後の方でチラッと出てくるが、ハン・ソロとの出会いまでは残念ながら描かれていなかった。
 このシリーズ、やっぱり、最初に発表された、「スター・ウォーズ・エピソード4/新たなる希望」が一番完成しているし、これだけでも十分なのだが、まだまだ「エピソード7,8,9」と作られるらしいね。
 選ばれし者は、結局、ルーク・スカイウォーカーだったんだから、もういいじゃんと思うがなあ。
 でも、公開されたら、また見るだろうな。
 生きていたら、だが。
 今宵は、皆さん、フォースと共にあれ。(May The Force Be With You.)
 そうだ、ウチのヨーダも、そろそろ電池変えとかなきゃいけん。
 では、もう一度、May The Force Be With You.

<SF映画通のIさんよりの返信>

 SW新三部作はかなり評判が悪いですねえ。ルーカスはこれで監督としてはヘボであることが立証された形。
 アメリカではもしもタイムマシンがあったら、EP1を無かったことにしたいという有名なジョークがあるくらい。

 ふんだんに使われているCGは旧三部作の味消しでしかないし、N・ポートマンは大根役者にしか見えず、キャラとしても薄っぺらい。
 なにより若きアナキンがただの軟弱で、思慮の浅いバカでしかないのがツライ。あんな愚か者がどこでどうなったら後年のダース・ベーダーになるのやら。

 その理由が3で描かれたとおりなら、あまりにもアホらしい。
 唯一、殺陣だけは旧三部作と比べ、かなり良くなっていますけどね。
 はてさて次の三部作ではどう なることやら。
 オールスターそろい踏みとなるらしい、ってあたり嫌な予感しか しませんが…。
 それでも見ますけどね(^^;)。

「帝国の逆襲」のアーウン・カシュナーが脚本に加わっているのと、CGを減らすらしいという点だけィは、ちょっと期待していいのかな?

<同上Iさんの返信への返信>

 まあ、そこまで言うほどではないと思うが、EP1がダメなのは、まず、EP4の出来が良すぎたことにあると思う。
 次に、EP4のエピゴーネンに堕しており、もっと全然違ったストーリーを出すべきだった。
 EP4の本質は、少年が塔に囚われたお姫様を助け出し、家来と共にドラゴンと戦って、これを打ち破り、苦しめられていた民衆と国を救うという、まさに典型的なSF少年向けのおとぎ話というところにあった。
 で、EP1の本質はというと、何とこれもまた結局、EP4と同じ。
 柳の下に泥鰌はいないを地で行った例。
 しかし、まあ、そういうスタートを切ってしまったからには、それを前提にEP4以下6までの説明不足をなんとか補わなければならない。
 それで、因果応報、親の因果が子に報い・・・という話になってしまった。
 そういう風に考えると、EP1からEP3で、何が一番大事な説明かとジョージ・ルーカスが考えたかを考えると、(ややこしいな、この話)多分、アナキンが何故ダース・ベイダーになってしまったのかという謎を解くことだろう。
 しかも、レイア姫とルークの父親になっていなければならない。
 とすると、アナキンの相手はやはりお姫様でなければならない。
 父親が奴隷の子だとしても、お姫様の母親は、やっぱりお姫様でなければならないからだ。
 そして、この辺境の王国のお姫様が民主主義の信奉者と言うのも、矛盾した話なのだが、ま、それはともかく、ローマ帝国の黎明期のアナロジーで語られる銀河帝国の誕生のドラマの中で、矛盾なく、奴隷の子が出世してお姫様をものにし、かつ、その後暗黒面に囚われて堕落していかなければならない。
 なんとか、前段はEP1、EP2で描いたものの、後段がなかなか難しい。
 EP3は、その意味で、まあよく頑張ったねと及第点をあげてもいい出来になっていると思う。
 (フォースの)暗黒面とは何か?ま、悪の象徴なのだろうが・・・
 そして、フォースの光明面とは?ま、善の象徴なのだろうが・・・
 こういう善悪二元論が戦わされる中で、皮肉にも説得力があるのは、シス卿が唱え、ヨーダが否定する暗黒面の方だ。
 何故なら、シス卿は、単に暗黒面に囚われてしまっているのではなく、フォースを理解するにはジェダイのヨーダが言うような光明面だけでは真の理解ではない、暗黒面も含んだ総体的なものとして理解しなければいけない・・・と言っているのだから。
 つまり、善と悪という互いに矛盾する価値概念の主張をアウフヘーベンしたのがフォースなのだと言っている。
 だから、認識論においては、それがより高級な理解だが、シス卿やアナキンが現実に囚われてしまったのは、単に暗黒面の魅力の方。
 やっぱり、聖人や仙人レベルとなっても「悪いことしましょ」の魅力には勝てないのだ。
 とすれば、堂々めぐりだが、善とは?悪とは?いったい何なのか?
 ヨーダがオビ=ワン・ケノービやアナキンに言っているのは、人を愛するのは良いがそれが執着となってはいけないという、つまり仏教だな。
 「逝こうとしている者を気持ちよく逝かせてやりなさい」
 これは、まさに、般若心経の最後の真言そのままだ。
 すなわち、「即説呪曰、羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶。般若心経」の「羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶」の部分。
 これが真言の正体で、本質。つまり、これが般若心経の中で一番大事な部分。
 それは、つまりは、死に行く者(無に帰さんとする者)を祝福し、勇気づける言葉なのだ。
 この仏教的な考え方が、ようするに、「執着を断て」と言うこと。
 愛するハドメを出産で死なせないためにアナキンは死者をもよみがえらせる力を得られるというフォースの暗黒面に傾斜して行く。
 アナキンは、ハドメへの愛が母親への愛と重なり、愛する者をもう二度と失いたくないという思いが強すぎて、執着になってしまう。
 愛別離苦は人の世の定めと悟らなければならない。
 それはなかなか普通の人間には出来ないこと。
 だが、ジェダイの騎士は、そういう普通の人間ではないのだ。
 アナキンが軟弱な美貌の青年であるからこそ、ハドメを失って歯止めが利かなくなったアナキンは、フォースの光明面に復讐を誓う暗黒大魔王と化するのだ。
 だから、アナキンはあのヘイデン・クリステンセンで適役だと思う。
 EP1,EP2はともかく、EP3はそういう意味でなかなか良く出来ており、そんなにアホらしいことはないと思う。
 アナキンがそれほどまでに愛するハドメは、ナタリー・ポートマンだが、EP1では、後の行動的お姫様レイア姫のママらしいしたたかなところを見せていたのに、EP2,EP3と下るごとにだんだん普通のお姫様になってしまう。
 ここらも一ひねり欲しかったが、あくまでSWは男の子の活劇なので、そこらは仕方がないのかも。

<同上返信へのIさんの返信>

 モチーフを変奏曲のように繰り返すのは神話や伝説にはよくあること。前史として結末が決まっているのもしょうがない。それにしても…。

 新三部作は結局、単純な冒険活劇にも神話にもなりきれていないのがダメ。
 アナキンやパドメは性ホルモンに支配された現代のガキみたいだし、共和国の社会体制も現実との不細工なアナロジーが強すぎて、話を重くしただけになっている。

 この善悪一如という考え方も、仏教だけではなく世界の神話によくあるものですよね。ドラマ「LOST」なんかも、もろそういう話でした。
 SWの映画ではちょっとその辺が描き込み不足に思えます。
 その点、EP2と3のあいだの出来事を描いたアニメ、クローン大戦ではもう少しはっきり打ち出されています。

 ジェダイの世俗的欲望を断て、という誓いには、当然ながら衆道の匂いも漂っていて、そこかある意味、新三部作の見どころかも(^^;)。
 EP3でオビ=ワンが「なぜだアナキン!」と叫ぶあたり、明らかにそっち系の描き方でした。

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