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2014年5月6日 / misotukuri

「地上最後の刑事」はSFかミステリか?

 「地上最後の刑事」(ベン・H・ウィンタース著)を読んでいる。
 これは「MSF」、私の造語で、「SF的設定のミステリ」のつもりだ。
 SFMとすると、SF-マガジンになってしまうので、MSF。
 ミステリとSFは、似たようなジャンルと思うかも知れないが、方向性が正反対と言われている。
 すなわち、ミステリは物語が収束していくのに対し、SFは逆に拡散していくという具合だ。
 昔は、アシモフの「鋼鉄都市」とか、「裸の太陽」という人間とロボットの刑事が捜査するミステリ的SFがあったが、最近ではマイケル・シェイボンの「ユダヤ警官同盟」のように架空の歴史設定の元で刑事が捜査するSF的ミステリが増えている。
 さて、この小説は、ミステリかSFか?
 まだ、100頁も読んでいないが、つかみを紹介すると、つぎのとおり。
 ・・・半年後小惑星が地球に衝突して人類は滅亡すると予測されている社会情勢の中で、ファストフード店のトイレで発見された自殺死体に疑問を感じた新人刑事は粛々と職務を全うしようとする。
 いったい、何のために?
 だってね、世界がもうすぐなくなるというので、誰もがみんな、「死ぬまでにしたいあれこれ」を見つけに仕事をどんどん辞めていくんだよ。
 毎日次々に社会が機能不全に陥っていく中で、何故、彼は捜査を続けるのか?
 残された日々を自分の個人生活の充実に使いたいと誰もが思うはずなのに。
 いやあ、わからんね。
 しかし、ありそうな気がする。
 いや、むしろ、そんな人って、結構いると思うな。
 小惑星が地球に落ちてくる寸前まで、正座してお習字をしていたり、スピード・ラーニングで外国語を聞き流しながら家の前の道路の掃除をしていたり、オレなんかだと、カメラをとっかえひっかえ季節の花のマクロ写真を撮っているかもね。
 けど、やっぱり、大勢はこんなものだろう。
 皆、自分の殻に閉じこもるようになる。
 しかし、関係する労働者が辞職していなくなって、ガソリンの供給が止まり、電話やインターネット・サービスも止まり、警官や看護師も一人辞め二人辞めしていくと、社会的機能に依存して生きていた人間は困っちゃうよね。
 自殺も増えるはずだ。
 この小説を読みながら、私ならホントどうする?と思ってしまった。
 衣食住はなんとか破滅まで持ちそうだが、趣味のデジカメ写真も電気が止まったら、充電できなくなるから、ダメだな。
 テレビ放送もラジオ放送も皆ダメだし、水道やガスも止まるよな。
 どーしようか?ホントに。
 破滅テーマの作品はこれまでにも色々あったが、今考えると、どれも嘘っぽい。
 世界がなくなろうとしているのに、まだ社会という虚構を維持しようと努力するなんて、意味ないこと。
 大絶滅から逃れて生き延び、人類社会の新たなる再生に希望を持って取り組もうとしている人々もいるかも知れないが、そんな彼らは真っ先に今のこの社会から逃げ出している。
 見捨てられ、座して死を待つしかない残りの99.9%の人々は、むしろそれ故、誰かの呼びかけによって、一人一人が最後まで自らの持ち場でつとめを果たし、みんなが快適に暮らせるようこの社会を維持しようとするかも知れない。
 考えてみれば、それが政治の役目というものだ。
 それなら、わかる。
 終末医療とよく似た考え方だ。
 もうすぐ死ぬんだから意味はないかも知れないが、そして、それは幻想だったかも知れないが、ボクらはみんなそれに寄りかかって生きてきたんだから、最後までそれを維持する努力をしようという・・・
 この小説がSFなら、小惑星が地球に衝突する事によって生じる人類社会の崩壊の過程を克明に追っていくだけになるだろう。
 だが、ミステリなら、そういうことは背景として、そこで行動する人間の動機の解明がテーマとなる。
 この小説は、2012年アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀ペイパーバック賞受賞作なので、多分、ミステリなんだろう。
 では。
 

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