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2014年5月18日 / misotukuri

映画「死ぬまでにしたい10のこと」の美人薄命度

 映画「死ぬまでにしたい10のこと」(03年、カナダ・スペイン、イザベル・コイシェ監督、サラ・ポーリー、スコット・スピードマン他)を見た。
 これで今年見た映画は60本になったが、年間目標のちょうど半分、キリの良いところでこれを見ようと考えていたわけではない。
 単なる偶然だ。
 この映画、ストーリーはわかりきった話なのだが、23歳で病死するというのは、あるいはこういうことかも知れないなと思った。
 あらすじは、Wikipediaのコピペだが、科学論文でないので許してくれ。
≪カナダのバンクーバーが舞台。
 幼い娘2人と失業中の夫と共に暮らすアンは、ある日腹痛のために病院に運ばれ、検査を受ける。
 その結果、癌であることが分かり、23歳にして余命2ヶ月の宣告を受けてしまう。
 その事実を誰にも告げないことを決めたアンは、「死ぬまでにしたい10のこと」をノートに書き出し、一つずつ実行してゆく。≫
 「死ぬまでにしたい10のこと」の中に、「夫以外の男とつきあってみたい」というのと、「夫に美人の新しい妻となる女性をみつけてあげる」というのが対になっていて面白い。
 浮気する罪悪感をそれで帳消ししたいのかな?
 私の小学校時代からの女の同級生と仕事で一緒に働いた女性二人が時期は違うがやはり20歳代半ばで死んだが、全員、癌だった。
 彼女たちもやはり幼い子供を残して死んで行ったのだが、そんなことを考えたのだろうかな?などとふと思った。
 似たような映画「最高の人生の見つけ方」は、この映画の3年後に制作された男性版だが、彼らと違って、この映画のヒロインは、ホントにやってしまうのが、フーン、やっぱ、カノジョまだ若いからかな、と思い、変に許せてしまう。
 「夫に美人の新しい妻となる女性をみつけてあげる」は、お話として出来すぎているけれども、まあ、そういうこともアリかなとも思う。
 昔の映画で同じ女性監督であるアニエス・ヴァルダ監督の「幸福」は、逆の意味で女性ならではの被害妄想というか、悲劇のヒロインになりたいという女性特有の自己憐憫に満ちた願望のあらわれだったが、この映画もそれと似ていなくもない。
 自分が死んだ後も世界は続くというのは残酷で、この手の映画は女性の妄念が詰まっている。
 しかしまあ、やはりそれもまた許せてしまうのは、私が歳を取ったせいか?
 いずれにせよ、早世する男の全てが天才でもないし、女の全てが美人でもないが、若くして病死するということは、それだけで哀しいことだ。
 私など、若死にと言うにはもう歳を取り過ぎてしまったが、自分なら「死ぬまでにしたい10のこと」って何だろうと考えてみるが、・・・で、出てこない。
 急に言われてもだからかもしれないが、何もないというのも、つらいな。
 でもまあ、それほどこの世に未練がないのかもしれない。
 とにかく、このJinchanのスペックでは、何をやっても大したことないということだけは残念ながら少し前から悟っていたよ。
 ボカァ、もう、余生だからな。
 千の風に乗って、今度はもっと違った可能性の赤ちゃんに生まれ変わりたいよ。
 では。

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