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2014年5月24日 / misotukuri

今度は授業参観休み「のど自慢」出場ですか

早いもので、埼玉の県立高校で担任教諭らが入学式を欠席し、自分の子の入学式に出て話題になったのは、いつのことだったかもう忘れたが、今度は公立中学校でクラスの担任を務める50代の女性教諭が今春、日曜の授業参観を欠席し、テレビ番組「NHKのど自慢」に出たそうな。
埼玉の事件の時は、私はあきれはしたものの別に構わんと思ったが、「難しい問題だ」とか何とか言って責任を引き受けようとしない県教育長の態度に怒りを感じたものだ。
自らの職業倫理観に照らし、古くさいとか何と言われようと「ダメなものはダメだ」と言うか、あるいは、「現場の管理者たる校長が認めているので問題ない」と批判を突っぱねるか、どちらでも良いから、自分だけ良い子になろうとしない態度を見せて欲しかった。
今度の先生が自分の担任の教室を放り出してNHKのど自慢に出た件も、埼玉のが良いならこれも良いだろうとしか言いようがない。
それでも、この先生の何というか、けじめのない幼児性には、軽蔑を覚えるね。
だってね、埼玉の時の先生も同様だが、要するに、自分がしたいこととしなければならないことが相反したとき、この先生たちは自分がしたいことの方を選んだわけだろ?
それって、子供たちを教え育てる先生の取る態度かあ?
3.11の津波の時でもそうだったが、自分だって早く逃げて助かりたいはずだったろうに、最後まで住民の避難誘導をしていて殉職した立派な人たちもいた。
彼らは自分の命がかかっている時でも、自分がしたいことより、しなければならないことを優先したわけだ。
それが公職に身を捧げた人間のつとめと思う。
したくないことでもしなければならないことは、やっぱり、しなければならないのだと思うか、いいや、無理にしなくていいと思うか、それはその人の人生観の問題だが、公職に就く時、多くの私人としての権利(人権)を放棄し、義務を引き受けたはずなのに、そういう人生を選んだはずなのに、それをコロッと忘れているようなのはいったいどういうわけか?
義務についての勉強が出来ていないと言われてもしかたがない。
彼らは、そもそも、快・不快感情、好悪感情のままに行動するタイプなので、したいこととしなければならないことが一致している間は、問題はなく、むしろ、人一倍優れた振る舞いをするのだが、相反すると困ったことになる。
自分がしたくないことをしなければならなくなると、無意識に拒絶反応が起きて、大荒れに荒れたり、休暇を取って職場放棄したり、ひどくなるとウツになったりして、結局、したくないことをせずにやり過ごす。
要するに、快・不快感情、好悪感情に支配された弱い人間だ。
私自身、青春期に一時期そういうときもあったので、同情するし、気持ちもわかるが、やはり、それは大人になる過程で克服していかなければいけないことだと思う。
少なくとも、専属のナースが要るような人間に他人を指導したりは出来ない。
「いいよ、いいよ、無理しなくていいよ」と他人が言ってくれるならともかく、自分で自分に言ってどうするんだと思うね。
だが、快・不快感情、好悪感情に支配された人間には、そういうことは多分、わからないというか、自覚できていないのではないかな?
自己分析をする習慣がないというか、単に、頭が悪いというか・・・

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