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2014年7月29日 / misotukuri

長崎高一殺害事件は見当外れの「命の教育」の結果

読売新聞からのコピペ。
2014年07月28日 09時49分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
<また悲劇、長崎県「命の教育」届かず>
<長崎県教育委員会は、命の大切さを小中学校の児童・生徒に教える「心の教育」に力を入れてきた。
 長崎市で2003年7月、中学1年の男子生徒が幼児を商業施設から連れ去って殺害する事件が発生し、04年6月には佐世保市でも、小学6年の女子児童が校内で同級生をカッターナイフで切りつけ、失血死させる事件が起きたためだ。
 両事件を受けて、県教委と佐世保市教委は、毎年それぞれ「長崎っ子の心を見つめる教育週間」「いのちを見つめる強調月間」として、命の大切さや規範意識に関する授業を集中的に行う期間を設け、学校ごとに講話や授業参観、地域交流などを実施してきた。
 それだけに、同県の教育関係者は大きなショックを受けている。(以下、略)>

 長崎県という田舎の県で、これだけ未成年者による殺人事件が起きるというのは、単なる偶然か?
 それとも、長崎県には何か、たとえば精神異常者が多いとか、そんな風土的理由があるのだろうか?
 私は、単なる偶然と思う。
 04年の小学6年生の事件は、ショッキングではあったが、さほど異常性はなかったと思う。
 動機自体が、嫉妬、憎悪、復讐といった、大人の犯罪の動機と同じようなものが小学6年生にもあったということや、結果の深刻さに思いが至らないというのも大人の犯罪者と変わりはなかった。
 しかし、03年の中学1年生の事件と、今回の高校1年生の事件は、かなり似ている。 
 この二つはあきらかに快楽殺人だね。
 絶対、精神鑑定が必要で、教育によって是正することは難しい性質の事件だ。
 こういう快楽殺人者の犯行が起きたからと言って、普通の羊のようにおとなしい子供たちに「命の大切さ」や「人を殺してはいけない」というような教育をしても、まるで見当外れ。
 逆に、快楽殺人の素質を持っている一握りの子供たちの抑えられていた衝動を目ざめさせてしまう恐れがある。
 いったい何のためにそんな教育をするのだ。
 「命の教育」の本当の目的は何だ?
 狼の素質を持っている子供をあぶり出すためだろ。それしかない。
 学校のカウンセラーは、いったい何をしていたんだ?と思うね。
 このまま大人になったらマズイような子供のファイルを作ってないのか?
 何のために児童心理学を学んだのか?
 物事の優先順位がわかっていない。
 今回も、事件を起こした少女の過去の問題行動を把握していたのなら、常にマークして、他の子供以上に衝動を抑制する指導をしておくべきだった。
 しかし、もちろん、何をどうやっても難しいことはわかる。
 カウンセラーも命あっての物種だからね。

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