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2014年8月14日 / misotukuri

映画「ゲッタウェイ」のラスト・シーンの淀長さん的深読み度

 先ほど昨日録画しておいた映画「ゲッタウェイ」(72年、米、サム・ペキンパー監督、スティーヴ・マックイーン、アリ・マッグロー他)を見たところ。
 私は、サム・ペキンパーの大ファンなのだが、恥ずかしながら、この映画見たのはこれが初めて。
 というのも、この映画には、あまりいい印象を持っていなかったのだ。
 スティーヴ・マックイーンとサム・ペキンパーは合わないだろうと思ってたんだな。
 いつまでも食わず嫌いはいけないからようやく見たのだが、やっぱり少し違和感があるね。
 これをウォーレン・オーツ主演でやらしたら、だいぶ脚本もかわってくると思う。
 そのかわりヒットもなかっただろうが。
 特に、主人公(スティーヴ・マックイーン)の仮出獄の経緯とラストが違うだろうと思う。
 主人公の女房(アリ・マッグロー)がいきなり銀行強盗を手伝っているというのも、ああ、この女、素人じゃあなかったのねとわかるのだが、その割りに置き引きに遭ったり、運転が下手くそで「あわてるな」とか怒られるし、ドジを何回か踏む。
 ここらがちょっとキャラに矛盾がある。
 だいたい、アリ・マッグローは、旦那が刑務所に入っている間に、浮気もちゃっかりしているタイプじゃない。
 何せ、「ある愛の詩」の「愛とは決して後悔しないこと!」だからね。
 二人とも、オレに言わせれば、ミスキャストだよ。
 それに、この映画、私の記憶にあるニギニギおじさん故淀川長治氏の解説とちょっと違うんだけどね。
 見た方はラスト・シーンを思い出して欲しい。
 二人は50万ドル近いお金を持って、してやったりと笑みまで浮かべて、おんぼろトラックでメキシコ国境を越えて丘の彼方に消えて行くところで終わっている。
 淀川長治さんは、このラスト・シーンについて、「悪銭身につかず、勧善懲悪がハリウッド映画の不文律で、銀行強盗して何人も殺した二人がハッピーエンドを迎えられるはずがないという暗い未来を暗示しているのだ」とか言ったように記憶しているのだが、そこまで読み取れるかな?
 エーッ?違うじゃない!
 ・・・と、一瞬、思ったのだが、・・・・
 エンディングは、まだまだ続いており、二人の乗ったおんぼろトラックが向かう方からアメ車みたいな乗用車が一台やって来て、すれ違うのが見えるところで映像はストップした。
 とすれば、ここでお話は終わりということになる。
 だが、何だ、この最後のシーンは?
 このラスト・シーン、確かに、言われてみれば、よくわからんね。
 何で、見えるのは、二人が一緒に逃げて行くおんぼろトラック1台きりじゃいけないんだろう?
 何故、向こうからアメ車を来させなければならないのか?
 あれは数ヶ月後の二人の姿を暗示しているのか?
 まさか、そんな深読みが成立するのだろうか?
 そういえば、その車には、二人一緒に乗っているとは限らないしね・・・
 とすれば、やっぱり、淀長さんのお見立ては正しかったのかも。
 深読み聞かされると、わからなくなってしまうよ。ホント。
 では。

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