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2014年8月19日 / misotukuri

映画「ハンターゲーム」と「ハンガー・ゲーム」、どちらの未来があり得そうか?

 Gyao!の無料映画「ハンターゲーム」(12年、米、マシュー・B・ムーア監督、ダーレン・ダルトン」、アレクサンダー・トーマス他)を暇つぶしに見た。
 なんだこれ、「ハンガー・ゲーム」とどう違うのか?
 そっくりじゃないか!と思うかも知れない。
 データ入力用にとネットで「映画 ハンターゲーム 」を検索したら、「ハンガー・ゲーム」ではないですか?と勝手に検索名を変えてくれる。
 ようやく探したのがこれ。
 http://www.discas.net/netdvd/dvd/goodsDetail.do?titleID=1971551983
 ついでにこれを読んでいると、どうも実際の制作年は09年と「ハンガー・ゲーム」より3年も前らしい。
 どちらもコンセプトは「バトルロワイヤル」や「ローラーゲーム」などと同じだが、もちろん世界的な大ヒットしたのは「ハンガー・ゲーム」の方であって、「ハンターゲーム」ではない。
 まあ、大衆の好みがどうだろうと、オレには関係ないが。
 「ハンガー・ゲーム」もなかなか面白かったが、「ハンガー・ゲーム2」までも見る気はしない。
 「ハンターゲーム」は、その点、そのまま設定を変えずにシリーズを作ろうと思えば作れるラストシーンなので、出たら見るかも知れない。
 どういう設定かというと、地球が人口爆発で人間の数を制限しなければ食料生産がもたなくなった時代(ここまでなら、懐かしい「ソイレント・グリーン」だが)、人間同士が殺し合うゲームをして人口を減らすというもの。
 注目すべきは、この時代、少数のお金持ちの人間たちは地球を回る衛星軌道上で生活して、地球上では貧乏人達が原始人的生活をしているのだ。
 しかも、増えすぎた人類を間引く必要があるなどと言う自分勝手な大義名分を掲げて、人間狩りゲームを提供する会社があって、殺人のスリルを味わいたい超リッチ層の人間の欲望を満たしているという暗黒の未来社会。
 これまで結構似た設定の映画をいろいろ見てきたが、私は、これが一番あり得る設定だと思う。
 地球上の人口は現在70億人を超えており、このまま行けば100億人を突破するのは、それほど遠い将来ではない。
 国連の予測では2060年~65年だが、恐らく30年もかからないだろう。
 食料、環境、資源、格差など解決困難な問題がこれからの30年で一気に噴出してくる。
 特にグローバル経済の中での貧富の格差は、たとえば、日本国内だけでもどうこうできるレベルではなくなる。
 つまり、資本主義は制御できなくて、「21世紀の資本論」(トマ・ピケティ著)のように富の再分配などは出来ない。
 何故なら、富の再分配などしなくても、格差の頂点にいる超リッチ層はこの映画のように必ずや別の解を見つけるからだ。
 彼らは別に資本主義のために金儲けをしているんじゃない。
 権力を握りたいからだと思う。
 富の偏在が行き着くところまで行けば、少数の超リッチ層はもはやこれ以上お金をかき集める必要がなくなる。
 そんなことしなくても、もう既に、権力を掌握しているからだ。
 権力を持ち、そして、それを維持するだけの富があれば、王侯貴族と同じで、何もこれ以上儲ける必要はない。
 ただし、地球上にいる限り、常にクーデタ、革命、暴動などのリスクがある。
 とすれば、地球は貧乏人に任せて、自分たちはサッサと地球から抜け出して、衛星軌道上から彼らを支配すればいい。
 資本主義経済がどうなろうと、共産主義経済になろうと、何の問題もない。
 警察力、軍事力を掌握しておれば、つまり、警察官や兵隊に食うに困らないお金をやれるなら、どこに問題があろうか。
 少数の超リッチ階層と、彼らにつかえ、彼らの支配システムをマネジメントする技能集団層は、もはや丘の上の豪邸には住まない。
 そんなことをすれば、いつ何時、黒澤明の映画「天国と地獄」のようなことが起きかねない。
 だから、彼らは月か衛星軌道上で生活するようになる。
 ・・・と考えるのは、論理的だろ?
 必ず、そうなるよ。
 そして、彼らは、自分たちの娯楽のために、こういう「もっとも危険なゲーム」(ギャビン・ライアル)をするようになる。
 というのも、彼らは地球上に這いつくばっている貧乏人達を自分たちと同じ人間だとは思っていないから。
 だから、否応なく、こういう未来は来ると思う。
 甘っちょろい「ハンガー・ゲーム」に喝采を送る大衆には、受け入れがたい予測だが。
 では。

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