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2014年9月21日 / misotukuri

映画「ザ・ドア 交差する世界」-幸福の代償度

 昨日、今年見た映画の中で一番好きになれそうな映画を見た。
「ザ・ドア-交差する世界-」(09年、独、アノ・サオル監督、マッツ・ミケルセン、ジェシカ・シュヴァルツ他、原作:「Die Damalstur」アキフ・ピリンチ著)だ。
 この映画、というより、原作かな?  夫の浮気が元で夫婦関係が壊れかけている夫婦がいる。
 だが、夫の浮気中に幼い一人娘を事故で亡くしたことがきっかけで、夫婦は別居(離婚)してしまう。
 それから夫の方は罪悪感にうちひしがれすさんだ生活をしていたが、あるとき自殺しようとしたが死にきれず、そのまま街を彷徨っていたところ、偶然、この世界とそっくりだが季節が違う別の世界に通じるトンネルを見つけて入って行った。
 そして彼は、自分そっくりの男が、かって彼がしたように浮気しに隣家の女の元に向かうのを物陰から目撃する。
 どういうわけか、何と、そこは5年前の世界のようだった。
 ・・・ということは、娘がまもなくプールで溺れ死んだ時刻が来ると気がついた彼は、あわてて自宅に駆け込んだのだったが・・・
 というものだが、夫婦関係を巡る基本的な筋立ては、予測のつくもので、まあ、結論的にはそれしかないと思う。
 ただ、そこに持ってくるまでの一ひねり二ひねりのドラマが問題で、この映画の原作は未読なのでわからないが、映画は意外な、そして、言われてみればいかにもという展開を見せる。
 この辺りが作品として凡作から一歩踏み出したところかと思う。
 ジョン・フランケンハイマーの「セコンド/アーサー・ハミルトンからトニー・ウィルソンへの転身」という映画にも似たもう一つの人生を垣間見せてくれる素晴らしい映画だと思う。
  映画の中で「幸福の代償だ」と言う言葉が出てくるが、所詮は得られることの無い幻影なのだということに目をつぶれるかどうかだろう。
 5年のずれがあるだけのそっくりな世界というパラレル・ワールドのアイデアはタイムトラベルのパラドクスを解消してくれるし、ミステリなら死体の隠し場所としても使える。
 5年前の世界の人間と現在の世界の人間とでは、5年先に進んでいる現在の世界の住人ほどそれからどうなるかを身をもって知っているわけだから、競争した場合何事につけても有利というのも、一般的には言えても、個別的には果たしてどうだろうかと想像をかき立てられて面白い。
 このトンネルは実はタイムトンネルの交差点で、沢山あるうちの一つの結節点(ハブ)になっており、中心点に立って1度刻みに設置されたドアを開けると、1年ごと合計360年ズレた世界に行き来できるとか、常に過去への一方通行になっており、例えば5年前の世界に行き、もう一度元の世界に戻ろうとしても、更に5年前の世界にしか行けないとか、いろいろパターンが考えられる。
 タイムトンネルとかタイムマシンの”発進基地”というものを考えると、それらも時間が経過していくわけで、例えば、2014年9月21日の午前7時00分に出発して100年前に行って、元の時刻に戻ったとすると、その基地にいる観測者の目には、場所を出発専用、帰還専用と分けたとしても、出発と同時に帰還が発生し、難しいトラブルが発生しやすくなる。
 したがって、常に帰還は出発時刻よりも十分未来でなければならない。
 ただし、出発と帰還までの間に未来の別の誰かによって改変されたとすると、出発したもののその人間の元の世界の延長線上にある未来に帰還できるかどうかはわからない。
 この辺りが、「タイムトラベラーの孤独」というやつかな?
 この映画、SFものの記念碑的作品だと思ったので、早速、DVD化したよ。

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