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2014年11月13日 / misotukuri

映画「ホーリー・モーターズ」の意外とあり得る話かも度

 ものすごい映画を見た。
 「ホーリー・モーターズ」(12年、仏・独、レオス・カラックス監督、ドニ・ラヴァン、エディット・スコブ他)。
 これって、今年見た映画の最高傑作かもしれない。
 まあ見ている内に、この映画の主人公の職業が何か、次第にわかってくるので、ネタバレだけど言ってしまうと、ようするに、映画「最高の人生の見つけ方」ってあったよね、あれの立場が逆って考えたらいいんじゃないかと思う。
 つまり、非常に悔いのあるあたしの人生、本当はこうなって欲しかった、と思うことが誰しもあろうと思う。
 そういう悩みをお持ちの方のためにご要望に応えて一時しばしの時間、本物に代わって理想の展開の相方を務めてくれる人がいたらどんなにいいだろうか。
 主人公の商売は、実はそれなのだ。
 つまり、最高の人生の提供者というわけ。
 始めの頃、リムジンを乗り回す主人公が次々に奇抜な人間に変身していくので、これはてっきり金持ちの道楽かと思って白けていたら、世界最高レベルのファッション・モデルの美女が野獣のような男に化けた主人公に仕事の現場から「掠奪される花嫁」もかくやとばかりに強奪される場面で、アレッ?これ、ちょっと変だぞと思い始めた。
 何故なら、そのファッション・モデルが全然抵抗らしい抵抗をしないからだ。
 彼女は恐がりも気味悪がりもせず、むしろ主人公の行為にうっとりとして満足げな表情を浮かべているではないか。
 どうやらてんで勘違いというか、間違えてたのに初めて気がついた。
 そうか、この世界最高のファッション・モデルがクライアントなのか!
 有名写真家の先生に、マネキンよろしく、あっち向けこっち向け、やれこの服着ろ着こなしはこうで、ポーズはどうのこうの、そういう毎日の生活にもううんざりなのだ。
 野獣のような男に荒々しく掠奪され、人知れぬ隠れ家で女神のように崇拝され、優しく愛されてみたい・・・という美女の美女なるがゆえの願望「美女と野獣」のコンテンツの注文どおりに主人公がやってくれているから、彼女は満足しているのだ。
 それに気がつくと、どの登場人物もなんて痛々しい存在なのかと思えてくる話の連続だ。
 まあ最高の人生を見つけたいと思うような人間は、今、実は最低のところにいるわけで、そこでの切ない望みというのは、やっぱり単なる幻想に過ぎないのだけど、たとえ一時のことであるにせよ、それが得られるなら、現実よりも金で買った幻想の方を選択するものだなと思った。
 これはジョン・フランケンハイマー監督の「セコンド/アーサー・ハミルトンからトニー・ウィルソンへの転身」の世界だね。
 いや、こういう商売って、ひょっとしたら、ホント、あるかもしれないね。コワイなあ。
 では。

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