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2015年2月12日 / misotukuri

映画3本立て「鉄くず拾いのハロルド少年は虹を渡って捕食する」

 実は、10日前からぎっくり腰で寝込んでいる。
 豆腐ワンパックを冷蔵庫から出そうとして腰をギクッとやってしまったのだ。
 太股がしびれだしたので、また椎間板ヘルニアの再発かと思ったが、湿布貼ったりホットパックしたりして寝ている内にだいぶ良くなってきたので、病院へは行かずじまい。
 まあ、ほとんど治ったのも同然なので、明日からまた運動をしようと思う。
 というわけで、この間、本を読んだり、映画を見たりで、今日はとうとう3本も見てしまった。
 #24「鉄くず拾いの物語」(13年、ボスニア・ヘルツェゴビナ他、ダニス・タノビッチ監督、セナダ・アリマノビッチ、ナジフ・ムジチ他)
 #25「ハロルドとモード/少年は虹を渡る」(71年、米、ハル・アシュビー監督、ルース・ゴードン、バッド・コート)
 #26「アザーズ-捕食者-」(13年、米、ニコラス・メッツァナット監督、エリック・ロバーツ、リッチ・マクドナルド、クリスティーナ・アナバウ他)
 #24「鉄くず拾いの物語」は、事実あったことを再現した映画ということらしい。
 出演者は、医者の2名を除き、全員が自分自身を実名で演じている。
 この映画で描かれたことはボスニア・ヘルツェゴビナでも犯罪行為に当たると思うが、そちらの方の処理はどうなっているのだろう。
 よくわからないが、多分、問題は残っているのではないかと思う。
 貧しいロマの夫婦がいて、3人目の子を流産したようなのだが、保険証がなくて掻爬手術のお金が払えず困っていたが、結局、義妹の保険証を借りて義妹になりすまして手術を受けることが出来たという話。
 話自体は今の日本でもよくある話と言っては何だけど、あまり驚きはしないのだが、病院から帰ってきたら料金滞納で電気を止められていたとかいう弱り目に祟り目の貧困生活というのは、どーなんだろう?
 日本では格差社会の深刻化とか言うが、金もない癖にスマホや携帯の金は払えるんだから、ここまで貧困ではないのだろうと思う。
 もっとも、ウチの近所にもそういう生活をしている古い長屋がいくつかあるが。
 イタリアン・ネオ・レアリズモの「自転車泥棒」(48年、伊、ヴィットリオ・デ・シーカ監督)など、昔は貧困にあえぐ民衆生活の哀歓を描くだけで芸術になった。
 この映画はまるでその21世紀版二番煎じだが、かといってこういう映画の意義がなくなったわけでもない。
 約1500万人いると言われるロマ(ジプシー)の人々というのは、ヨーロッパ世界の被差別賤民(アンタッチャブル)で、いわば貧乏なユダヤ人みたいなもの。
 ロマにも移動ロマと定住ロマがあって、移動ロマは人間外の存在だが、定住ロマは最下層の人間らしい。
 この映画が取り上げたのはそういう定住ロマ。
 彼らの貧困は、日本の多くの貧乏人と違って、彼ら自身の責任ではない。
 #25「ハロルドとモード/少年は虹を渡る」は、評価の高い映画ということは知っていたが、見たのは初めて。
 非常に面白かったが、疑問点が一つある。
 この映画、いつ頃の話なんだろうか?
 と言うのも、この映画が制作される10年以上前からアメリカはベトナム戦争中。
 この少年はもう19歳で、そろそろ徴兵が来る年頃なのだが、どう見てもそういう雰囲気はまるでない。
 自殺したフリをしてみせるのが趣味と言うが、ホントに死にたいなら、志願すれば良い。
 この映画が、80年代に作られたのなら納得もするが、ベトナム戦争真っ最中の時に作られたというのは、納得できない。
 同時期には、まだ舞台だが、「ヘアー」などもガンガンかかっていたというのに。
 ようするにお金持ちの悩めるお坊ちゃまの映画というところか。
 #26「アザーズ-捕食者-」は、ゲーム的というか漫画的というか、シューティング・ゲームに馴れている者には物足りないかも知れないが、ゲームが苦手な私にはこういう導入部の素早いカットオフ技法の多用は、新鮮に感じた。
 絶対必要な部分以外は、そういう省略もスピード感を高めていいと思う。
 この映画、描写すべきところはゆっくりしたテンポで描いているし、伏線もしっかり張ってあるし、おまけに、続編も作ろうと思えば作れるように未解決の問題も残してある。
 こういう作り方って、ニクイと思う。
 ホントは一番有能そうな人物と主役の二人は、ちゃんと残してあるし、続編も見たくなった。
 では。

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