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2015年3月6日 / misotukuri

映画「めぐりあう時間たち」で自殺するのは?

 先ほど映画「めぐりあう時間たち」(02年、米、スティーヴン・ダルドリー監督、ニコール・キッドマン、ジュリアン・ムーア、メリル・ストリープ、エド・ハリス他)を見たところ。
 ま、映画については、いろいろ話はあるけど、ひとつ疑問に思ったのは、この主要登場人物の中で、結局、自殺したのは誰なのか?ということだ。
 ヴァージニア・ウルフとリチャード・ブラウンの二人だよな。
 彼らに共通するのは?
 作家であることと、病魔に冒されていることだ。
 二人が何故自殺したかはともかく、自殺しそうだったローラを考えてみよう。
 ローラは夫が抱く理想の妻を演じ続けるのにうんざりして自殺を図ろうとするが果たせず、代わりに夫と子供を捨てて出奔した。
 そして、それまでずっと音信不通だったが、息子リチャードの自殺の報を聞き、葬式にやって来て、リチャードの長年の友人クラリッサに出奔した理由を話す。
 「私は死ぬより生きることを選んだのよ」と。
 「ダロウェイ夫人」で結ばれたヴァージニア、ローラ、クラリッサという三人の女性たちだが、自殺して死ぬのは「詩人(つまり作家)」だけなのだ。
 しかし、何故、どうして「詩人」は死ななければならないのか?
 理由は、「詩人」だもの、ご自分でいろいろでっち上げられるわな。
 しかし、病魔に苦しむ「詩人」ばかりが自死するとなると、その理由はちょっと信用できないね。
 ヴァージニアは、「他の人間の命の価値を際立たせるためよ、コントラストよ…詩人が死ぬのよ」と言って、ダロウェイ夫人は生かし、これ以上は書けても書けなくてもすべて終わった自分は静かにドアを閉めて立ち去るように死ぬ。
 なるほど、美学だねえ。 素晴らしい。
 嘘っぽいが。まあ、いいか。
 とすると、「凡人」は最後まで生きようともがきあがくのか。
 たとえ、死んでしまいたくても、「君(凡人)は生きよ。私は死ぬ」ですか。
 トホホ。
  原作も映画もよく出来ているとは思いますが。
 では。

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