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2015年3月11日 / misotukuri

映画「ダンディー少佐」がわかるようになってきた

  またしても年間200本のペースで映画を見ている。
  ヒマだねえ。
 今年44本目は、「ダンディー少佐」(65年、米、サム・ペキンパー監督、チャールトン・ヘストン、リチャード・ハリス、センタ・バーガー、ジェームズ・コバーン、ウォーレン・オーツ、ジム・ハットン、マイケル・アンダーソンJr、ベン・ジョンソン他)。
  キャストを長々書いたのは、お気に入りの俳優ばかりだから。
 実はこの映画、50年前の映画雑誌で酷評されていたのを読んで以来、見る機会はあっても先入観が邪魔して何度となくスルーしてきた作品だった。
 サム・ペキンパー大監督の作品なのにね。
 今回も、それほど食指は動かなかったが、外は晴れてはいるけど風があって寒いし、下痢は治ったがまだ無理したくなくてね、以前録画してあったのをとうとう見てしまった。
 しかしまあ、何と、これは、ペキンパーの作品の中でも傑作だね。
  私のペキンパー・ベスト3は、1.「ガルシアの首」、2.「ワイルドバンチ」、3.「ゲッタウェイ」だったが、これを1.にしてもいいくらいだ。
  しかし、ランキングについては、この映画は編集権を巡ってプロデューサーとゴタゴタがあったらしいので、どこまでペキンパーの意図が通っているのか、ペキンパーの自作を語る本を図書館で読み直してから決めることにする。
 この映画の公開年は1965年であり、ちょうど50年前。
  当時は、ベトナム戦争が激しくなった頃で、しかも、ケネディ米大統領暗殺の2年後という時代背景を考えると、この映画、アクション大型ウェスタン時代劇を期待した当時の大衆には多分よく理解出来なかったのかも。
 そしてまた、後年の「ワイルドバンチ」以降のヴァイオレンス・アクションものの巨匠となったペキンパーのファンには物足りない中途半端な失敗作と映ったのかも。
 この映画は、メキシコ第二帝政のフランス干渉戦争最中、アメリカ合衆国ではちょうど南北戦争をしている頃の話だが、メキシコ=ベトナムと置き換えて考えれば、どうだろうか?
  ダンディー少佐って、ひょっとしてモデルは、失礼ながら、現駐日米大使のお父上、ケネディ大統領かと。
 どうしようもない人間的な弱さを一杯持つエエカッコしぃー男ってところが、そっくりに思える。
ダンディー少佐の行為はかなり利己的なもので、一度は彼の言動に感銘を受けた者も、多くはやがて失望し去って行く。
 彼のいいところだけを見た人間は彼に夢中になるが、嫌なところを見せられた人間は蛇蝎のように彼を嫌うという毀誉褒貶を絵に描いたような人物。
 まさにJFKそっくりと思うがなあ。
 これは「アラモ」(60年、米)のようなジョン・ウェイン的英雄の描き方(つまり、「男心に男が惚れた」というの)とは対極にある反体制的リアリズムだと思う。
 「アラモ」も傑作と思ったが、「ダンディー少佐」の方が、もっと素晴らしい。
 しかし、ケネディ神話全盛の頃では、この映画の興行成績はさっぱりだったというのも肯ける。
  今でもきっとそうだろう。
 髪の色こそ違うがどことなく目つきがジャクリーン・ケネディに似たテレサ(センタ・バーガー)との最後の別れ方も、絶対大衆に受けない別れ方だ。
 何でせっかくロマンチックな関係に発展しそうになっていたのに、大して美人でもない酒場の太っちょのメキシコ女と飲んだくれた上に関係を持ってしまって、しかもその場を彼女に見つかってしまうのか?
  あの勇敢で高潔で思いやりの深い立派な紳士であり、厳しくも優れた軍人のダンディー少佐はどこへ行ってしまったのか?
 軍規に厳しく脱走兵を処刑して間もない彼が哨戒限界線を越えた所で彼女といちゃついていた上に敵襲を受け負傷するなど、指揮官にあるまじき失態を犯したことを恥じて、自らを堕落させることで罰していたのか?
  ケネディー大統領がクリントン大統領以上の色情狂だったことと重なる重要なシーンだ。
 彼女は、メキシコ革命軍に合流すると言って、つまり、崇高な革命の大義に身を投じると言って、別人のようなダンディー少佐に憐憫のまなざしを注いで、彼の前から去って行く。
 これぞ、ペキンパー的くそリアリズムと思う。
  一体全体、ハリウッドのアクション映画で、こんなヒーロー・ヒロインの別れ方って、あるかい?
  あんまり、見たことないよ。少なくとも、私は見たことない。
  それだけでも、スゴイね。
 そうか、要するに、通俗的でないということか。
  こりゃあ、ウケるワケないよな、あんたらなんかには。
 では。

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