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2015年4月27日 / misotukuri

大阪都構想住民投票・・・自ら変革できるかどうかが問われている

私は大阪人じゃないので、あくまで野次馬的感想を述べたまでだということをあらかじめお断りしておく。
大阪府と巨大な大阪市を合併するということは、市町村合併とも通じるところがある。
大阪市民が府と合併するのは嫌だと思えばそれまでの話で、結局は、直接住民投票で賛否を問うしかないことだ。
市町村同士の合併でもそうだが、あまり、合併のメリット・デメリットを言っても仕方がないと思う。
何にでもメリット・デメリットはあるものだが、問題はそれを評価するスタンスだ。
大阪市とは逆に過疎化が進み一地方公共団体としては単独では財政的に成り立たなくなっている町村のことを考えてみよう。
この場合、合併することによって、長い目で見た場合財政体質を強化することになるというのが、メリット。
役所や学校の整理統合で周辺部の旧町村が一層寂れていくというのがデメリット。
このように、公共についてのメリットが個人にとってのデメリットになる場合、個人は如何に振る舞うべきか?
私は、個人のことは税金を使ってすべきではなく、自分で解決すべきことだと思う。
合併によってそういう変化がもたらされたとしても、それは時代の流れで致し方ないことで、我々はそれに適応するしかないと思う。
大阪市と大阪府の問題は過疎ではなく、過密なところの二重行政だろう。
一体となって同じコンセプトで行政を行う公共メリットは、同じ公共的観点から見た場合、否定しがたいものがある。
従来の生活への執着からくる個人デメリットをもって公共メリットを否定しても長い沈没への道だ。
新しいものを次々に生み出す力を持っている大阪人が、私益以外のことでも 新しいものを生み出せるか?
それとも、大阪人にそういう創造的な人が比較的多いと言うだけで、大方の大阪人は他の地方と同じく寄生的なのか?
今回の大阪都構想の住民投票では、大阪人が自ら変革できるかどうかが問われている。
府と市が合併するなんてことは、他の所では出来ないことだけに、オオッ、さすが大阪人!と思える結果になるか、こういうことはやっぱりある程度、強権的にやらなければ所詮は無理なことなのか、もうすぐわかるだろう。

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