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2015年6月17日 / misotukuri

小説「ALL YOU NEED IS KILL」のそれらしい科学的説明度

 映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」(14年、米、ダグ・リーマン監督、トム・クルーズ、エミリー・ブラント)に引き続き、原作小説「ALL YOU NEED IS KILL」(桜坂 洋著)読了した。
 ライトノベルということで一段見下していたが、それをうんぬん言うより、SF小説としてこれで十分だと思う。
 つまり、アイデア、プロット、世界造形、文体等々で、水準以上の出来映えだと言うことだ。
 SF小説は、なにより奇抜なアイデアが一番で、次はツイストの効いたプロットが大事だ。
 この二つの次に、作品の長さを決める世界造形とそれに見合う適切な文体。
 奇抜なアイデア以外は、一般の短編小説に適用される基準だと思うが、この作品のアイデアは素晴らしい。
 異星人との戦闘で初年歩兵の主人公が初出撃して戦死するまでの2日間を繰り返すタイム・ループものだが、目新しいのは、ループが作り出される理由の説明だ。
 ファンタジーと違ってSFであるからには、それらしい科学的かつ論理的説明が必要で、このあたりが超常現象だということで終わった映画「恋はデジャ・ブ」(93年、米、ハロルド・ライミス監督、ビル・マーレイ、アンディ・マクダウェル、もちろん、これも傑作だが)と違うところだ。
 ハリウッド版映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」は、残念ながら、そのあたりがイマイチ明確でない。
 それで、タイム・ループが作られる目的は何かというと、「より良い歴史への改変のため」だ。
 この「より良い」というのは、ループを作り出した異星人にとって「より都合の良い」ということなのだが。
 読んでいればすぐにその説明が出てくるので、ネタバレだが明かすとして、それはこういうことだ。
 異星人、というより、それは異星人の作った進化型惑星環境改変ナノマシンの兵士たちの中には群れを統御するサーバ的存在の兵士がいて、そいつが殺されるときに1日前の自分にタキオン通信で救難信号を送り、警告を発する。
 その警告を受けた1日前のサーバ兵士は、自分を殺すであろう男を捜し出して自分が殺される前にそいつを殺そうとするのだ。
 だが、そこで大きな疑問にぶつかる。
 一つは、一回目のときに主人公が偶然サーバ兵士を殺してタイム・ループに陥ったのだとすると、何故、1日前に戻ったときに主人公に1日後の未来の記憶があるのか?
 本当のと言うのも変だが、タイムマシンによるパラドクス的タイム・ループならともかく、本物のタイム・ループなら、主人公以外の人間同様、未来に起きたことの記憶はないはずだ。
 これはいわゆる正夢(予知夢)、しかも訓練次第では自分の望むような夢が見られるという「覚醒夢」というものではないのか?
 だが、それなら、何度も何度も死んでは目覚めるという夢を今も見続けていることになる。
 確かに、夢だからこそ、夢の中での記憶があり、夢の中の訓練と実戦だからこそ、それをループを繰り返す度に戦闘スキルも向上させていくことも出来る。
 肉体までも強靱にしていける。
 これは一つの無矛盾的説明だ。夢なら何でもありだからね。
 SFでは、「実はすべて夢でした」というのは、一番くだらないオチなのだが、レオナルド・ディカプリオの映画「インセプション」(10年、クリストファー・ノーラン監督)は、まさにそれを逆に真正面から取り上げた作品ではあった。
 圧倒的クオリアというか現実感を伴って迫る多重夢の中で、これが現実か夢かを見極めるのにコマを回してみるというアイデアは「覚醒夢」の研究でも実際に使われている手法だとか。
 コマがいつまでも回り続けたら夢で、やがて回転をやめ倒れたら現実だという優れものの現実判別法。
 だが、「ALL YOU NEED IS KILL」は、結局は、作者も言うように「ゲーム小説」なのだ。
 そういう説明を受け入れた上で、コンピュータ・バトル・アクション・ゲームなど全くする気が起きない私には、作者や東浩紀が言うような「ゲーム小説」の解説を聞けば、なるほどと思う一方、夢、特に「覚醒夢」とゲームの類似性に驚く。
 ただ、その議論をすれば、話が長くなるので、略。
 それにしても、最初の大きな疑問に戻るが、タキオン通信による警告を受けたサーバ兵士が主人公に殺される前に殺してやろうとすることによってより良い未来を得ようとするなら、2回目以降159回目のループまで主人公はサーバ兵士を殺せてないのだから、とっくに異星人にとってより良い未来を得られたはずで、もうループは起きないはずなのに、どうしてループが起きるのか?
 この矛盾は、次のようにして無矛盾的に説明される。
 小説では、以前にループから脱出した記憶がある戦場の牝犬(ビッチ)リタ・ヴラタスキが戦死した主人公の代わりに158回サーバ兵士を殺したのだという説明がなされている。
 それなのに、159回ループを起こしているのは主人公だけで、他の人間はリタ・ヴラタスキを含め、単なるキャラクタに過ぎず、前回までの記憶がないというのはおかしいが、この段階ではまだ説明半ばというところで、矛盾は解消していない。
 160回目のループで主人公は、リタ・ヴラタスキの言うループから脱出するための手順どおりにサーバ兵士を殺す(直前までしか記憶がない)が、何故かループから脱出できない。
 ここらがいわゆる物語を単調から救う一ひねり(ツイスト)で、161回目のリタ・ヴラタスキは前回のループの記憶を持っているというのではなく、主人公の話から悟ったことを元に、思いがけない行動に出ることによって、ループから脱出させる。
 この思いがけない行動の理由が、実は、長々書いた矛盾の説明になっているのだが、これこそ最後のネタバレなので、礼儀として書けない。
 しかし、なるほど、これなら無矛盾だ。
 こういう風に、きっちりと奇抜な現象のそれらしい科学的かつ論理的説明がなされていないと、SF風でもファンタジーになってしまう。
 これは、ゲーム小説だが、SFとしてもよく出来ている。
 あえて言えば、ライトノベル的に書く必要があったのか?ということだけが疑問だ。
 では。

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