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2015年7月8日 / misotukuri

「日本国最後の帰還兵深谷義治とその家族」の壮絶

「日本国最後の帰還兵深谷義治とその家族」(深谷敏雄 著)読了した。 A01
何という壮絶。
新聞の書評欄で興味を引かれ、図書館で借りて読んでいたのだが、終盤が来たところで本の返却期限が来たのでやむなく返却した。
あと残り100ページもなかったので、もう一度借りようかなと思ったが、結局、新刊を買うことにした。
手元に置きたい本だし、息子にも読んで欲しいし、中古本では深谷義治氏やご家族への支援にならないと思ったからだ。
深谷義治(ふかたによしはる)氏は、中国大陸に戦後も旧日本軍の潜入スパイとして秘密任務を受けて活動していた人物だが、戦後生まれの平和教育を受けた私としては、恥ずかしながら、まずそれが国際法違反であることを初めて知った。
言われてみれば確かにそのとおりで、まるで解っていない自分が恥ずかしい。
次に、戦後も日本国のためにスパイ活動を何故、そしてどのような活動を続けなければならなかったのかということも、この本を読んで初めてわかった。
潜入スパイとして現地に溶け込む手段として現地の女性と結婚し、偽装結婚と怪しまれないよう4人も子供を作って、戦中は破壊工作に従事し、戦後は軍部隊やスパイ組織の安全な撤収のための情報収集に従事したというのは小説にでも出て来そうな話で、こう言っちゃ何だが、実に面白い。
まさにこのような人がいなければ、ウチの母も外蒙古から上海経由で日本に無事帰ってくることは出来なかったのだと思うと、回り回って私の命の恩人だ。
なぜなら、母が大陸から無事引き揚げて来れなければ、私もこの世に生まれていないのだから。
その陰には深谷義治氏らの大きな犠牲があったということをこの歳になって知るとは、知らぬこととはいえ本当に申し訳ないことだ。
そういうこともあって、滅多に新刊は買わない私だが、心ばかりの支援のつもりで買った。
今月、確か11日に、著者の講演会が東京であるらしいが、都合で出席できないのが残念だ。
昔、一時期だが、私は旧軍人の恩給申請の仕事に携わったことがあるので、軍人恩給関係の私なりの推測を書いておこう。
県庁の援護関係の部署の書庫には、その県に本籍地のあるすべての陸軍軍人の履歴である兵籍簿が残っている。
市町村長から進達された陸海軍の軍人恩給申請書は、そこで履歴をチェックされ、恩給額の計算がし易いように、書き直される。
この元となる履歴書の作成(というか、代筆)は、県や市町村の職員の他、軍恩連盟事務局の職員(旧連隊区司令部で事務をしていた元軍人)などが行っていた。
深谷義治氏の場合は、誰が母親を騙って申請したのかわからないらしいが、多分、善意からしたまでで、悪意ではないだろう。
(なお、深谷義治氏が訴えられた重婚嫌疑については、恐らく、市役所やA新聞などに潜んでいる中国共産党の協力者のしわざだろうと思う。深谷義治氏の日本での情報はA新聞から得ているのが結構あるようだからだ。)
恩給というのは要請求行為なので、請求権の消滅時効の問題があり、請求忘れとなっている受給資格者を救済するために請求書の受付を暗黙の了解の下遡って受け付けるという時効中断措置が行われていた。
普通なら消滅時効が完成しているはずの時期になって申請がされたのは、それまで履歴で不明だったところを県がずっと調査していたからだという理屈だ。
中国大陸(旧満州を含む)にいた人の中には、履歴が不明の人が結構あり、通常は軍隊手帳や行動を共にした上官など戦友らの証言を元に修復されるのだが、この深谷義治氏のように特務機関関係の人の場合、難しいものがある。
戦後、部隊が武装解除なって捕虜として抑留された場合はまだしも、深谷義治氏のように終戦直前に現地除隊と記されている場合(多分)は、そこで軍人としての履歴は終わりになる。 いや、実際は任務続行で、潜入するために外形上そのように取り繕っただけなのだと言っても、それはお互い納得した上でのことでしょと却下されるのがオチなのだ。
ミッション・インポッシブルではないが、「当局は一切関知しないからそのつもりで」ということなのだ。
深谷義治氏は潜入工作員(スパイ)として、特務憲兵として二度も勲章を受けているらしいので、逆に言えば、恐らく極めて優秀な使い捨ての駒だったのだろう。
彼を使う上官の将校(スパイ・マスター)は、たとえ敗戦後でも何としても彼を守り抜かなければいけなかった。
だが、現実には、公職追放された身では、表だっては見殺しにするしか方法がなかった。
彼も現地協力者を使っていたはずで、恐らく彼らを守るため敗戦後も潜入スパイをしていたことを否認したのだろう。
筋金入りのスパイというのは、「士は己を知る者のために死す」(史記 刺客列伝 予譲)の心意気を持つ者なのだ。
中国共産党の公安は彼のことをよく理解していた。
しかし、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはよく言った者で、妻子まで虐待するのは、卑怯と言えば卑怯だが、それもこれも深谷義治氏が悪いと言えば悪い。
それは他人に言われなくても、本人が一番苦しんでいることで、彼が奥さんや子供たちを愛してしまったからだ。
スパイに恋は禁物よ、か。
だが、スパイだって、人間だ。
人を愛するということが弱味だとしても、それが強みになることもある。
これはその極めて稀な実例だ。
そして、この本は、本当に多くの人々に読んで欲しい本だ。