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2015年7月25日 / misotukuri

映画「her/世界でひとつの彼女」のシンギュラリティ度

 昨日はとうとう映画を3本見てしまった。
 最後の映画「her/世界でひとつの彼女」(13年、米、スパイク・ジョーンズ監督、ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、スカーレット・ヨハンソン(声)他)だが、これでちょうど110本目。
 これは、少々気が早いが、今年見た映画のベスト・ワンじゃないかと思う。
 見る前は、何となくせいぜい「ユー・ガット・メール」(98年、米、ノーラ・エフロン監督、トム・ハンクス、メグ・ライアン)的なラブ・コメかと思っていたが、違ったね。
 それから15年もたったら、世の中、さすがに進化していたワ。
 「ユー・ガット・メール」はあくまで、メル友がリアルに会ってすったもんだの話だったが、これは何とパソコンのOSとの恋愛の話だ。
 PCのOSが使用者の人間との交流の中で感化されて感情を持つようになる一方、どんどん進化して、使用者の理解を超えるまでになってしまう話だ。
 このOSはどうやらネットでリモートコントロールするタイプのようで、PCは単なるデバイスにすぎず、スーパー・コンピュータのホストで立ち上げたAI(人工知能)ソフトウェア・プログラムらしい。
 こういうOSはまだ実現していないと思うが、可能性はある。
 始めは恋愛の代筆業をやっている男がそういうOSをインストールしたところから始まる。
 最初は、自分に合ったOSにするため基本的な個人情報を入力しただけだったのだが、声を好みの女性の声に設定したところから、自動的に主人公にとってまるで理想の彼女のようにカスタマイズされていく。
 このAI機能のあるOSが主人公と恋愛関係になり、性的関係まで結んでしまうようになるという話は、SFではよくある話なのだが、この映画はそれにとどまらない。
 AIをテイク・オフさせてしまったら、我ら人間達の未来はどうなるか?を考えさせられる哲学的に非常に深い映画だ。
 この映画のラストをどう読み解くか?
 この映画見た人、どう思いました?
 ついつい、コメント拒否を解除したくなる。
 それはともかく、この映画の中で、ネット・テレフォン・セックスの話が出てくる。
 妻子と別居して1年になる心淋しい主人公が興味半分で試すのだが、そのとき「猫の死骸の尻尾で首を絞めてぇ!」と絶叫する相手にぶつかり驚くのだが、よく考えてみると、これも「ユー・ガット・メール」の時代と異なって、相手が本当に人間かどうか解らないわけだ。
 たとえば、これがiOSのSiriったら、スゴイね。
 このOSが既に亡くなった哲学者の全著述から擬似人格を作りあげ、それと非言語で延々と議論する話もスゴイ。
 これはまあ、AIの技術的特異点(Technological Singularity)を超えてる話だな。
 こういう映画を見ると、レイ・カーツワイルの「ポスト・ヒューマン誕生 コンピューターが人類の知性を超えるとき」はやっぱり、読むべきなんだろうなと思った。
 一応、この本、図書館で予約入れたけど、誰か読みました?
 コメント拒否してるから、無駄な問いかけではあるのだが。
 では。

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