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2015年8月7日 / misotukuri

映画「頭上の敵機」はブラック企業のリーダーシップ論か?

昨日、WOWOWで映画「頭上の敵機」(49年、米、ヘンリー・キング監督、グレゴリー・ペック、ヒュー・マーロウ他)を見た。
これは、これまで何度も見る機会があったのについぞ見ずじまいにきた名作の一つだ。
で、感想だが、確かに非常に良くできているね。
反戦映画と共にこういう映画も見なければ、戦争というものの真の実態はつかめないだろうなと思った。
また、この映画は、アメリカのリーダーシップ研修に必ずと言って良いほど登場するもので、孫子の兵法を知る者ならすぐに「ハハン、あれか」と見当がつくものだが、それを現実に限られた時間内で行うことの難しさを教えてくれる。
グレゴリー・ペック扮するサヴェージ准将が行ったB17の爆撃チームである918航空群の改革というのは、要するに、孫子で言う「将の五戒」のひとつ、「愛民」の是正だ。
「愛民の戒め」とは、以前にも書いたことだが、簡単に言うと、将軍は兵を慈しむあまり、目的を忘れた仲良し集団にしてしまってはダメだということ。
チームの団結はいいが、エラーをしてもかばい合い、しまいには運が悪かったと言って慰め合う。
これでは、戦いには勝てない。
ダメな918航空群のてこ入れにやって来たサヴェージ准将は任官早々「オレのやり方に不満があるなら、転任願いを提出してこい」と言う。
すると、パイロット全員が転任願いを出してくる。
不満を聞くと、誰もが二言目には前の司令官の方が人間味があって良かったと言う。
これに対し、サヴェージ准将は、「転任を許すが、義務からは逃れられんぞ」と言う。
そもそもは、護衛戦闘機なしの白昼の敵地爆撃作戦に対する司令部と現場部隊の間に状況認識に隔たりがあった。
<司令部からの命令>:
1 大陸の奥深いところにある敵基地・軍需工場を白昼爆撃せよ
2 高度は9000フィートから爆撃せよ:
<現場の不満>:司令部は戦闘の現場がわかってない
1 護衛戦闘機もなしに白昼爆撃を行うのは自殺行為である
2 高度9000フィートからの爆撃は、弱点である頭上正面からの敵戦闘機の待ち伏せに遭うので自殺行為である(「頭上の敵機」という題名の意味)
<問題点>:司令部からの命令の意図が現場部隊に伝わっていない
<司令部の意図>:
1 夜間、高高度からよりも、白昼、低高度からの爆撃の方が、的中率が高い
2 被害(爆撃機の損失、搭乗員の戦死)よりも作戦を成功させることが優先する
3 爆撃機を護衛する航続距離の長い支援戦闘機はまだないので、自前で防御すべきだ
サヴェージ司令官の言葉の中に、「義務」なる言葉がたびたび出てくる。
この「義務」についての思考訓練が、日本のインテリには欠落している。
それが十分理解出来なければ、このブラック企業のリーダーシップ論みたいな映画は絶対に理解出来ないだろう。
ところで、日本の映画では、リーダーシップ論によく使われたのは、新田次郎原作の「八甲田山」だろう。
あの原作(「八甲田山死の彷徨」で何を学ぶか?
私の師匠は「徳島大尉は雪中行軍に成功しなければ良かったのにと思います」と研修の講師に言った。
「どうしてですか?」と講師。
「なぜなら、徳島大尉が成功が、軍部にシベリア出兵を決断させたと思われるからです」と師匠。
「そんな感想を聞いたのは、初めてです」と講師。
私はこの話を聞いて、物事は多角的に見るべきだと思った。
各リーダーにリーダーシップ研修をさせている者の意図ということに思いを巡せば見えてくるモノが違うだろう。
だいたいリーダーシップ研修でリーダーシップがどのくらい身につくと彼らは考えているのだろうか?
多分、ほとんど効果ないと考えているのではないか?
もしそうだとすると、リーダーシップ研修をする真の目的って何だろう?
まさか、忠誠心の養成?
「頭上の敵機」のサヴェージ准将は戦いに勝つことを義務と考えているから、忠誠心は既にあると言える。
また、勝つために為すべきことを実行するから、リーダーとしてふさわしい資質、つまり、リーダーシップを持っているとも言える。
彼に必要なのは、彼のやり方で勝ってみせることだけだった。
だが、部下に信賞必罰で臨むのはいいが、被害というのは確率的なもの。
彼の戦術的手腕とリーダーシップで、被害率を下げることは出来るが、ロシアン・ルーレットと同じで、戦闘が長引けば長引くほどいつかはその被害に自分が遭うことも避けられない。
爆撃作戦は成功を重ねていくが、信頼する部下を次々に失い、ついには身体が心(意志)を裏切る。
サヴェージ准将は必ずしも毎回爆撃機に搭乗する必要はなかった。
最後の爆撃作戦で、いつもなら飛び乗れるB17にどうしても乗れなかったことを批判することは出来ないが、ようするに、部下には消耗品であることを要求しながらも、自分は消耗品であることに徹しきれなかったのだ。
将軍もまた消耗品であることには違いないが、なかなか替えが効かない消耗品だということをわきまえる必要がある。
だから、プレーイング・マネージャーは、成功したからと言って、長いことやらしてはいけないのだ。
だが、こういう「頭上の敵機」のような「義務」の要求は、「国防」だから出来るのであって、民間会社が社員に要求できることではない。
「それをするのがアンタの仕事だろ?」と言ったって、逆に、 「何で、お前の出世のためにオレたちが犠牲にならなきゃいけないんだ?」と返される。 そんな彼らを動かすには、それなりの報酬が必要だろう。
たいていは、金をやることで解決するが、金がやれなければ名誉だ。
ところが、金も名誉もやれなければ、どうするか? それが悩むところだ。
そこまで行く前に、ブラック企業と言われた会社がブラックでなくなったら、途端に経営が不振に陥ったとかいう話もあるようだ。
まあ、単純な類推は当てはまらないだろうが、面白いね。
社内の労働環境は改善されたが、それが経営の好転につながらない。
むしろ、ブラック企業だと言われていたときの方が、活気があった。
どこか、間違えてるんだよ。
では。

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