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2015年8月16日 / misotukuri

映画「父親たちの星条旗」の虚実どうでもいい度

 昨日は、終戦70周年ということで、硫黄島二部作のアメリカ側から見た映画「父親たちの星条旗」(06年、米、クリント・イーストウッド監督、ライアン・フィリップ、ジェシー・ブラッドフォード、アダム・ビーチ他)を見た。
 こっの方はまだ見ていなかったが、内容は知っていた。
 原作をザーッとだが読んでいたし、いろんなところで何度も聞かされていたからね。
 さて、そこでこの映画、どう見るかだろう、問題は。
 ま、これは戦費調達のために作りあげられた神話の英雄を演じさせられた3人の男たちの実話という形を取った話だよな。
 デタラメだってことはその場にいたみんなが知っていることだったが、当時は誰もがホントのことを言えなかったというお話。
 そんなことは大なり小なりどこでもあるものだが、そういう真っ赤な嘘でも、いったん伝説になってしまうと、後世の何もわかっていない大衆はホントにあったことだと思ってしまうから、困ったことになる。
 いったんこうなってしまうと、もういくら当時の証言や記録など集めても、皆がそろって嘘言ってるんだから、どーしようもないわな。
 本居宣長の邪馬台国九州熊襲説でないが、彼がどう考えても卑弥呼なんて嘘なんだよって言っているのに、その後のアホな歴史学者たちが絶対どこにもたどり着けない魏志倭人伝の嘘話を信じ込んで、ああだこうだと言っているのと同じ構図だ。
 歴史の嘘、中でも正史の嘘というのは、かなりの時間が経って、関係者がいなくならないと、本当のことを言う人は出てこないものだ。
 ところが、もうそろそろ言っても良いだろうと恐る恐る本当のことを言っても、もはやほとんど証拠がないときてるから、時の体制(レジーム)に都合の良いことでなければ、記憶違いだろうとか修正主義だとか、いろんなレッテルを貼られて再び闇に葬られてしまう。
 運良く認められても、「それはそうだったかもしれないが、問題はそういうことではない」などと言って問題を矮小化されたり、うまいことはぐらかされ、別の問題にすり替えられてしまう。
 あれほど騒いだ特定秘密保護法で守られている秘密だって、それがすべて本当のことだという保障はどこにもないのに、どうしてそうも硬くなるのかねえ。
 本当の嘘つきというのは、1000年かかっても見破られないくらい念入りに嘘をつくのだよ。
 だが、この映画に描かれたように、本物の旗を立てたのが実は銅像になった彼らでなかったとしても、彼らは皆そこで共に戦った一人であることは事実なのだから、英雄を演じる資格はあると思う。
 ボクらに英雄の資格なんかないなどとグジグジ悩む必要はないのだ。
 もてはやされるのは長くはない、今だけなのだから、精一杯それを楽しめばいいのだ。
 ただ、常にそういう彼らを利用する者がいるということもまた冷厳な事実で、たいていそれで得する奴らだが、そういう奴らに利用されたくないとは思うが、利用されることが必要なときも、残念ながら多々あるのも事実だ。
 この映画の三人の兵士がまさにそうだった。
 Aは、割り切れず、死に場所を求めて、再び戦場に戻って行く。
 Bは、悪いなと思いながらも、つかの間の偽りの栄光を楽しむ。
 Cは、すべてを飲み込んで、黙々と自分の役目を果たす。
 エンディングのテロップだが、否応なく戦争に狩り出された兵士たちは、確かに最後の最後には、大義のためでなく、共に戦う仲間たちのために戦い、そして死ぬというのは多分本当だろうと思う。
 金も地位も名誉も今日死ぬ者には何の意味もない。
 無名の一兵士でも死を前にすれば、「士は己を知る者の為に死す」という気になるだろう。
 たとえそれが幻想でも。
 だいたい歴史の虚実など、死に行く者が注文つけてもしかたがない。どうでもいいのだ。
 納得できても出来なくても死ねば終わりなのだから。
 歴史の虚実を明らかにするのも闇に葬るのも、それは今生きている者の責任だと思う。
 例えば、靖国神社に今上天皇が参拝しない理由を明らかにすべきか、それとも闇に葬るべきか。
 ところで、そこのあんた、仮にそういうことを何かのはずみでホントに知ってさあ、しかも本人が秘密にして言わないものを、言えますかね。
 しかも、たいていそういうことは、何でも、相手が相手だぜ。
 たぶん、言えんよ。凡人には。
 言ったとしても、誰にも相手にされない。
 だって、みんな知ってるか、そうかもしれないなと思って黙っている事だからね。
 歴史の物語なんてのは、たいていそんなことで出来てる。
 わかったか!
 だから、その上で、受験生は、入試で点が取れるような回答をしていればいいのだ。
 他も同じ。
 虚実は棚に上げて目の前の仕事を能率的に片付けていく。
 ババを引けば、アイヒマンになるリスクはあるが、そのときはあきらめる。
 オレは、誰にも相手にされない物語を密かに発信し続けるがね。

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