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2015年11月19日 / misotukuri

映画「わたしは生きていける」の奇妙な現実感度

今日は、録画した映画を整理していて、半分くらい見て放置してあった「わたしは生きていける」(13年、英、ケヴィン・マクドナルド監督、シアーシャ・ローナン、ジョージ・マッケイ他)を見てしまった。
これはようするにジュブナイル破滅テーマSFで、破滅した世界で少年少女が如何に生きていくかを描いた甘っちょろい映画なのだが、先日のパリ同時多発テロの直後だからか、まるで絵空事とも思えなくて、とうとう最後まで見てしまった。
ちょっと長いが、導入部だけ紹介すると、
<うつ気味のアメリカ人の少女デイジーは、英国に住む亡き母の姉の家に預けられたが、NY育ちの彼女にはイングランドの田舎生活はとうてい馴染めるものでなく、孤独な日々を過ごしていた。
ある日、そこの従兄妹たちに近くの森の中へピクニックに行こうと強引に誘われ、いやいやながらも彼らについていった。
かたくなに自分の殻に閉じこもっていた彼女だったが、そこでちょいハンサムな従兄エディの優しさに触れ、何としたことかたちまち恋に陥ってしまう。
退屈で灰色の生活が一転満ち足りたバラ色の生活に変わってうれしいワと思った矢先、ロンドンが核爆弾テロで壊滅し、戦争がはじまる。
政府の要人だった伯母も恐らくロンドンが核攻撃を受けたとき死んだのだろうと思われるが、田舎に住む彼らのところには何の連絡も無い。
心配は心配だが、彼らにはどうしようもなく、連絡を待ちながら恋と田園生活を楽しんでいると、ある日、突然、米国領事館の男がやって来た。
彼女に自国民保護のため、避難帰国を勧告しにきたのだった。
だが、恋するエディと別れたくないデイジーは、貰った搭乗チケットを燃やし、従兄妹たちと運命を共にすることにしたのだった。>
・・・という、まあ、要約していても何だかこれは、せいぜいライトノベルSFだよな。
だもんで、もういいっか!と続けて見るのを中断していたのだった。
シアーシャ・ローナンちゃんのことは気がかりだったけどね。
実は、この後、物語は急転して、苛烈で危険な内戦状態の中でのサバイバル劇となっていく。
それでも、今、シリアで起きていることに比べたら、絵空事かもしれない。
だが、福島原発事故がテロ攻撃によるもので、住民の避難が銃弾が飛び交い爆発があちこちで起きる状況で行われたとしたらどうだったか?と思うと、この映画、奇妙に現実感があって、いかにも危ない感じがビンビンこちらに迫ってくるものがある。
押さえるところは押さえているし、それほど、悪かあない映画だと思う。
では。

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