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2015年11月25日 / misotukuri

「カウントダウン・シティ」のP・K・ディック度

 「カウントダウン・シティ」(ベン・H・ウィンタース著)読了した。
 AWA最優秀ペーパーバック賞受賞作「地上最後の刑事」の続編で、三部作の第二部にして、P・K・ディック賞を受賞したSF設定のミステリ。
 今回は小惑星が地球に衝突するまであと77日に迫った日、元刑事のパレスは子供の頃に自分のベビーシッターをしてくれたマーサに失踪した夫ブレットの捜索を依頼される。
 毎日のようにあちこちで多くの人間が「死ぬまでにやりたいことリスト」を実現するためにどこかへ消えて行く中で、これはまったく無意味な人捜しだったが、マーサの懇願に負けてパレスは乏しい手がかりを辿り始める。
 前作の「地上最後の刑事」は、こいつはなかなかのアイデア賞ものだなと思って読んだが、今度の「カウントダウン・シティ」は前回以上に奥が深い。
 この小惑星衝突による人類、いや、地球上の全生物の大絶滅という事態が避けられない時、多分あなただって「ノアの箱船」には決して乗れない大多数の大衆の一人だろう。
 見る見るうちに目の前の社会秩序が崩壊していく。
 そういう時にあなたならどうするか?
 いろいろなケースがあるだろう。
 読みながら自分に重ね合わせて考えた。
 これはもはやミステリの域を超えているね。
  ただこれがP・K・ディック賞にふさわしいかと言えば、出版社はともかく、P・K・ディックのファンには異論もあるだろう。
 まず、P・K・ディックの作品と違って、ミステリらしくわりと緻密に構成されている。
 とにかく、謎はすべて解決されるからね。
 しかも、すべて伏線を張ってある。
 私は設定が設定だから、ついついこれをSFとして読んでしまって、見落としていたが。
 ミステリというのは、謎めいた犯罪があって探偵役がいて登場人物の中から真犯人を突き止めるというパターンがあるが、これもそのあたりをきちんとなぞっている。
 SFは、可能性の面白さを描くだけで、ディックなど特にそのあたりはいい加減だ。
 次に、SFガジェットが全くない。
 まだかろうじて生き残っているインターネットに接続するPCのOSがよりにもよってWindows98だからね。
 恐れ入ったよ。
 似て非なるのは、悪夢のような世界かな?
 P・K・ディックの世界では悪夢と現実が等価交換されるが、この小説では悪夢みたいだけれど現実はあくまで現実なのだ。
 ドラッグは現実拡張に使うのではなく、あくまで現実逃避でラリるため。
 P・K・ディック賞だから、P・K・ディックみたいに書けとは言わないけれど、作品の価値とは関係ないが、方向性がちょっと違うと思うな。
 彗星が地球に衝突するというSFでは、「悪魔のハンマー」(ラリィ・ニーヴン&ジェリー・パーネル)というガチガチ大上段傑作があるが、破滅に瀕した並行宇宙的架空社会と言った点で似た小説では「ユダヤ警官同盟」(マイケル・シェイボン)とか「モスクワ2015年」(ドナルド・ジェイムズ)とかがあり、これらも傑作だ。
 こういうジャンル境界横断的小説を何と呼ぶかはともかく、面白い物は面白い。
 SFファンとしては現在のシミュレーションでは小惑星が地球に衝突した場合は、この小説でも少し触れているが、「悪魔のハンマー」の書かれた1970年代頃の予測より遙かに破滅的なことがわかっているので、別のSF的サバイバル・ストーリーが欲しいところだ。
 この三部作の第三部「World of Trouble」ではさすがに、衝突の日まで後1週間を切ったところから始まるらしいので、その点、この三部作がSFになるかどうか楽しみだ。
 どうか、小惑星の向きを変えるのに成功するなんて話にならないよう祈る。
 なんか、オレも破滅志向型人間なのかな?

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