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2015年12月14日 / misotukuri

映画「アクト・オブ・キリング」のシュール度

 年間ベスト10をそろそろと思っていた矢先、174本目にしてとんでもない映画を見た。
 「アクト・オブ・キリング」(12年、英・デンマーク・ノルウェー、ジョシュア・オッペンハイマー監督、匿名と思うが、アンワル・コンゴ、ヘルマン・コト、アディ・ズルカドリ、イブラヒム・シニク他多数)という記録映画仕立ての映画。
 1960年から65年にかけて、インドネシアで起きた共産主義者の150万人とも200万人とも言われる大殺戮の実行者が何と当時の殺戮の記録映画を作らせるという企画で出来た映画。
 当時の事件のことを別の角度で描いた映画「危険な年」(83年、豪、ピーター・ウィアー監督、シガニー・ウィーバー、メル・ギブソン)も見たことがあるが、この「アクト・オブ・キリング」の凄さには遙かに及ばない。
 これは、記録映画仕立ての映画とは言え、ホントのシュールとはこういうことかと認識の浅かったことに恥じ入るばかりだ。
 まあ、彼らは人道の罪で裁かれるべき人たちだろうな。
 ユーゴ内戦で民族浄化の当事者やアルカイダや現在のISの悪党どもも、多分、この手のタイプだろう。
 人格障害者に幻想を抱くなという感じだね。
 アンワル・コンゴが処刑した男が夢の中に出て来て、「私を処刑してくれてありがとう。おかげで天国に行けた。1000回お礼を言っても足りないくらいだ」と言ってクビにメダルをかけてくれるのに、うれしそうな顔をして何度も肯くシーンには、幼女連続殺害遺棄事件の宮崎勤を思い出した。
 もう死刑執行されたが、彼も夢の中で彼が殺した幼女が出て来て「殺してくれてありがとう」と言うんだとか言っていた。
 「お前ね、自分勝手にカタルシスやってんじゃねーぞ」と言いたくなるよな。
 では。 

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