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2016年1月10日 / misotukuri

映画「スターリングラード」(1993年版)の発汗度

 昨日は映画「スターリングラード」(93年、独・米、ヨゼフ・フィルスマイヤー監督、トーマス・クレッチマン、ドミニク・ホルヴィッツ他)を見た。
 第二次世界大戦の東部戦線での激戦地スターリングラードを舞台にした映画だが、これはドイツ側の視点から見たスターリングラード攻防戦。
 大昔、ソ連側から見た映画を見たことがあるが、昨日見た映画の方が数段優れている。
 また、同名の実在のスナイパー、ワシリィ・ザイツェフを主役にした映画も強烈で良かったが、戦争映画としてはそれよりも上と思う。
 2013年ロシア版の同名の映画もあり、こちらはまだ見ていない。
 とにかく、独ソ戦最大の戦闘であり、それだけに色々な思いのこもった戦いであったことは間違いない。
 ちょうど、日米にとっての硫黄島の戦いがそうであったように。
 今のドイツ側からこのスターリングラード攻防戦を見ると、こうなるのかなという感じがしないでもない。
 つまり、将校や兵も勝っているときはそれなりの高揚感に浸っていたが、負け始めると著しい士気の低下に見舞われ、悪いのはすべてナチスのせいだとなる。
 たとえば、この映画の中程での少年の銃殺処刑は是か非かという問題がある。
 ナチスSSの将校はソ連軍のスパイだとして銃殺処刑を命じるが、主人公の職業軍人の家系の少尉は人道的見地からそれに抗議し少年の助命を嘆願する。
 しかし、的を外すと今度はお前を銃殺すると脅され、健気にも銃殺隊を睨みつけている少年を撃ち殺すのだった。
 これは、アンドレイ・タルコフスキーの「僕の村は戦場だった」の少年がダブって見えるシーンで、意図的な挿話だと思う。
 私に言わせれば、ゲス野郎かもしれないが見立ては多分ナチスの将校の方が正しく、この少年は今で言う少年兵だった可能性が高い。
 主人公の少尉は、当時の職業軍人としての高度な軍事学を身につけていたが、実戦に出たのはこれが初めてで、まだ少年ゲリラ兵という概念を持ち得なかった。
 これにとどまらず、実戦の場というのは混乱の極みであり、あってはならないことだが、敵と間違え味方を撃ち殺したり攻撃したりすることも実際にはしばしばある。
 この映画でも、大事なのは自分が生き残ることで、それがひいては味方に貢献することでもあるのだということだということが描かれている。
 それでは戦争犯罪とは、いったい何なのか?
 多分、戦闘の現場にいた者は、戦争犯罪を目撃しても、それを犯した仲間を断罪することはできないだろう。
 それが出来るのは、戦場の現実を知らない者だ。
 そういう風に見ていくと、一見悪役のナチスの将校もまたナチスのエリート達によって敗色濃厚なスターリングラードに見捨てられた者なのだと気がつく。
 ところで、この将校にとらわれ性奴隷にされていたソ連軍女兵士イリーナだが、ハッとするほどのなかなかの名花。
 彼女はダーナ・ヴァヴロヴァというチェコの女優兼監督で、この作品当時の年齢は24、5歳の花も盛りだった。
 残念ながら、2009年41歳ミュンヘンで死去している。
 この映画のラストシーンも印象に残る。
 砂漠の北アフリカ戦線エル・アラメインの勇士たちが極寒-50度の雪原でジョークを言いながら斃れ逝くシーン。
 あらゆる戦場で名もなく空しく骸を晒す兵士達にも各自の物語があったはずなのだ。
 戦争で生き残ることは難しい。
 では。

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