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2016年1月22日 / misotukuri

映画「ロスト・フロア」のフーダニット度

 昨夜見た映画は、「ロスト・フロア」(13年、スペイン・アルゼンチン、バクトシ・アメズカ監督、リカルド・ダリン、ベレン・ルエダ他)。
 サスペンス・ミステリの佳作と思うが、それ以外にも私には興味深いシーンが多かった。
 ブエノスアイレスの夜景の美しさ、都市の巨大さ、古くささ等々。
 それはともかく、シチュエーション・ミステリでもある。
 問題のミステリアスな事件が起きる前の導入部で、やり手弁護士である主人公の置かれているシチュエーション(状況)がさりげなく紹介されていく。
 やや長く感じられるこの導入部は、後から考えると重要な伏線になっている。
 そのことは、どうせB級映画だろう、さっさと行けよと、少しイライラと事件が起きるのを待っている内に、ああ、これは心理操作されているなと気づくことにより、この導入部が意図的な状況説明であることが理解される。
 そしてようやく問題の事件が起きる。
 出勤する母親を見送った後、いよいよ父親が子供たちを学校に送り届けるために、7階のマンションの自宅から、父親はエレベーターで、二人の子供たちは階段で、1階までどちらが早いかいつもの競争する。
 だが、その日はエレベータが途中で1回停止したものの、父親の方が先に着いて、子供たちを待っていたのだが、いつまで経っても下りてこない。
 出入り口にいた管理人に聞いても下りてきていないとのこと。
 父親は、早く子供たちを学校に送って、仕事に行かなければならないのに、ふざけてる場合じゃないと子供たちの名を呼びながら階段を数階駆け上がったが、どこにもいない。
 何と、途中で忽然と姿を消してしまったのだ!
 さては、悪戯か誘拐か、まさか神隠しでは?
 こういう子供の失踪事件というのは、徳島でも平成元年に旧貞光町で松岡伸矢君(当時4歳)がちょっと目を離した隙にいなくなってしまったという事件があり、私もだいぶ推理したのだが、未だに解決されていない。
 http://yabusaka.moo.jp/matuokasinnya.htm (参照)
 松岡伸矢君失踪事件の後、名前に「矢」という字を使うと、どこかへ飛んで行ってしまうから縁起が良くないと言う人がいた。
 それは多分、昭和35年、旧日本社会党党首浅沼稲次郎を刺殺した犯人の名前が山口二矢(おとや)で、「矢」がついていたことから来たものだろうが、以来、私も「矢」という字は名前には禁物と心得た。
 なお、「ニ」を「おと」と読むのは、「干支(えと)」の兄(え)弟(と)と同じで二(次)男だから、弟(おとうと→おと)の方ということだろう。
 また、「二」には「あと(後)」の意味があり、「おと」とは、それがなまったものだろう。
 「二矢」→「二の矢」のことを、「おとうとのや」または「あとのや」→「おとや」と読ましたのだろう。
 「と」についても、「妹(いもうと)」にも「と」が付いているね。
 これは・・・まあ、この調子で行くと大脱線してしまうから、ここらでやめておこう。
 話を、ミステリに戻そう。
 ガストン・ルルーの名作「黄色い部屋の謎」だったか忘れたが、「人間消失の原理」とかいうトリックがあった。
 本格推理もののミステリやマジックには、こういうさっきまで確かにあったものが、忽然と消失してしまうトリックが沢山ある。
 そして、一瞬後、瞬間移動したように別の離れた場所から出現して、観客を驚かせる。
 しかし、クリストファー・プリーストの世界幻想文学大賞受賞作「奇術師」、映画化されて「プレステージ」(クリストファー・ノーラン監督)となったようなのはあり得ないわけで、必ず種明かしというか、合理的説明がつけられるものなのだ。
 映画「ロスト・フロア」の父親は弁護士で、職業柄犯罪に関する知識があるので、子供たちの失踪についても合理的説明を必死になって探す。
 つまり、犯行の動機だ。
 彼に敵意を持っている人間が彼を困らせてやろうとして、子供たちをどこかに隠したに違いないと考えるのだな。
 仕事上のライバル、敵側の策謀だとして、このマンションにその共犯者がいるのでは?と。 
 それで、マンションの住人を次々に、一緒に探してくれているマンションの管理人や警察官までも疑い、コネを使って密かに調べ上げる。
 すると、怪しい人物がぞろぞろと浮かび上がってくるからホント恐ろしい。
 こんな奴らと同じマンションに住んでいたとは!全然知らなかったよ、という具合だ。
 警察官は誘拐に間違いないから、しばらく犯人からの連絡を待てと言うので、職場で接客中の妻を呼び戻し、自宅で電話番をさせる。
 そうこうしている内に、電話があり、やっぱり、誘拐だったということがわかる。
 2時間以内に10万ドル持ってこい、警察に連絡すると子供たちを殺すと、身代金を要求されたのだ。
 それにしても犯人はどうやって子供たちを誘拐したのか、どこに連れ去ったのか?
 だが、そういうということは、無事、子供たちを取り戻してからの話。
 映画は、そういう余裕を与えず、これでもかこれでもかという風に父親に難問をふりかけてくる。
 この見ていてもどかしくなるようなサスペンスの盛り上げ方はなかなか上手。
 伏線も見事なので、フーダニット、ハウダニットともに楽しめると思う。
 非常にミステリっぽい映画で、なかなかの佳作だ。
 しかし、アルゼンチンでは、身代金10万ドルというのは、敏腕弁護士にもすぐに用意できない大金なのかなあ?
 では。

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