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2016年2月12日 / misotukuri

「輪廻転生」の先ーいつかは死者で一杯の未来?

 全然信じてもいない話をさも半信半疑のフリをして、あれこれワイワイ言うのも楽しいものだが、Nさんの「あの世は未来だ」という話には正直、最近にない刺激を受けた。
 よく考えてみると、そんなに奇抜な話ではないが、そこまではっきりと言い切ったのはあまり聞いたことがない。
 私も一瞬思ったのは、「それはないだろう!」だったので、早速、ツッコミを入れようとして直ぐに、違った物理法則の世界のことなら、それもアリかと思い直した。
 だが、結論はともかく、まあ、順を追って自分の思考過程を辿ってみよう。
 たとえば、未来と言っても、何年先までのことを言っているのか?
 まさか、人類が絶滅している遠い未来のことまでも念頭に置いているとは思えない。
 いや、そうだよ、何億年も先の未来も念頭に置いているというのなら、逆に、太古の昔に既に死に絶えた恐竜や、近世でも織田信長とか歴史上の人物のあの世はどうなってるんだろう?
 あの世においても彼らは歳を取るのだろうか?
 というのも、そういうTV映画ドラマを見たことがあるからだ。
 「スーパーナチュラル」だったか、「ビートルジュース」だったか定かでないが、幽霊もその人なりのスピードで歳を取って、最後には本当に死んでしまう(消滅する)のだそうだ。
 幽霊も歳を取るというのも傑作な話だが、仮に幽霊は歳を取らないとすると、これまたおかしな事になる。
 あの世は、天国にせよ地獄にせよ、次から次に流入してくる死者の幽霊(あの世での生き物の存在形態)で直ぐに満杯状態になるからだ。 
 あの世では、恐竜は、我が物顔に跳梁跋扈、暴虐をほしいままにし、信長は、知略武勇を誇って今なお天下統一のため戦っているのだろうか?
 まるで映画「ナイト・ミュージアム」みたいな話だな。
 だが、そんな恐竜や信長みたいな過去の遺物的存在にとっての「未来」、今現在生きている我々の時代も「未来」だが、この「未来」世界のどこを探してもそんなものはみつからないから、「あの世は未来だ」などという「単純未来説」は明らかに間違っていると思う。
 とすれば、傑作な話のようでも、幽霊も死ぬという「修正未来説」なら、一応、矛盾は解消するかに見えるが、ただし、死んだ幽霊は、「どの世」に行くのか?という新たな問題が出てくる。
 そうか、この直ぐに満杯になってしまうのを防ぐのが「輪廻転生」なのか!
 ようするに、「輪廻転生」という装置を導入しないと、どうしたって「あの世は未来だ」という単純な説(「単純未来説」)は矛盾だらけで成り立たないのだ。
 ・・・とまあ、切り捨て、一笑に付したいところだが、気がかりなのは、「あの世は未来だ」と言う場合の「未来」とは、今生きている我々の時間軸上にある「未来」とは違う「未来」なんじゃないか?という疑問だ。
 旗色が悪くなると、論点をずらすという姑息な手法みたいだが、あの世が、多元宇宙の異次元と言うだけでなく、たとえば、電脳仮想世界とか映画世界みたいなものだったら、どうするね。
 「ナイト・ミュージアム」も大いにあり得るではないか。
 このことが、グダグダ考える前に、ピンとひらめいたんだよ。
 でもまあ、それは死によって生前のアイデンティティのコアになるものがそういう世界に転写されたと解釈しなければ無理だろうし、そういう機能がスタンドアローンの高等生物にインテグレートされているとは、とてもでないが、思えない。
 次に、この「未来」を「輪廻転生した先の世界」である我々の時間軸上の現在より先と考えたらどうか?
 これも、魂にも「質量保存の法則」は適用されるのか?が悩ましい。
 適用されないとしないと、地球人口の激増に伴う魂の激増現象は、人類を頂点とする霊魂ピラミッド的理解では計算が合わないというか説明出来ないのではないか?
 もっとも、「輪廻転生」のサイクルを短くし、霊魂の浄化分留の作業時間を短くすることで、ある程度の対応は出来るかもしれない。
 まあ、これもいろいろ疑問があるが、「輪廻転生」の装置が観測されない以上、何とも言えないが、「輪廻転生」をブラウン運動をする死せる魂がブラックホールみたいな天然の分留装置を通り抜ける過程とみなすと、そういう解決方法もあるだろう。
 それなら、出口はホワイトホールで、過去か未来かその魂次第ということもあろう。
 なんと、「輪廻転生した先は過去だった」と言うこともあり得るではないか!
 何の根拠もない事を、条件を変えつつ、ああでもないこうでもないと考えていると、しまいに何を考えていたのかわからなくなった。
 おやすみ。
 

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