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2016年2月17日 / misotukuri

映画「フル・モンティ」の一度だけよ度

 昨日、長らく、気にはなっていた映画「フル・モンティ」(97年、英、ピーター・カッタネオ監督、ロバート・カーライル、マーク・アディ他)を見た。
 <かつては鉄鋼業で大いに栄えた英国の50万人都市シェフィールドを舞台に、鉄工所を解雇され失業中のさえない金欠中年6人男が男性ストリップ・ショーをやってひと儲けしてやろうと計画したのだが・・・>
 こういうサクセス(?)・コメディというのは、ホント、だいたいが面白いね。
 日本映画でも、矢口史靖監督の「ウォーターボーイズ」や「スウィングガールズ」など、メチャメチャ面白かった。
 英国映画では、「リトル・ダンサー」(スティーヴン・ダルドリー監督)などでも見られるように、背景の社会性というか、その時代の英国社会がバッチリ描かれているところが、単なるコメディに留まらない深みを与えている。
 米国映画でも、この手の映画は毎年数本作られ、それこそ掃いて捨てるほどある。
 しかも、それなりに米国社会の実情を背景にしており、ストーリーはわかりきっているのだが、その社会の実相が垣間見られるのが楽しみで、そういう映画を見つけると必ず見るようにしている。
 この映画「フル・モンティ(「すっぽんぽん」の意味)」もダメ男達が紆余曲折のあげく開き直って男になるというお話で、だからこそ深い感動を呼ぶ。
 一夜限りのすっぽんぽん・ストリップ・ショーの後、彼らの人生がどうなるか、そんなことは関係ないことだ。
 そんなことを心配していたら、こいつら永久に男にはなれない。
 ただ、この一瞬、大きくパーッと輝くために、男はあるのだ・・・と思わせてくれる。
 もっとも、こういう夢みたいなお話へのニーズは、逆に、普通には男の見せ場がなかなか見つからないという現状の裏返しでもあるのだが・・・
 しかし、何かの変化があって失意の底にいるときは、開き直って、新たな自分の可能性に賭けてみるということも、人間、大事だと思う。
 そのことによって得られるもの、それが本当のあなたに続く道かもしれない。
 それが、この映画の教訓だ。
 では。

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